杉田久女句集 298 杉田久女句集未収録作品 Ⅳ
猫の皿空しくありし寒さかな
炭小屋に灯し行く婢や露を言ふ
きな粉挽いて婢等が情話や夜半の冬
かそと婢のもの書く夜かな氷雨降る
舊習に老婢我を張る師走かな
鯛を料るに俎せまき師走かな
[やぶちゃん注:「料る」は「つくる」。後の「鶴料理るまな箸淨くもちひけり」で「料理(つく)る」の表記は出るが、既存句では例を見ない。それにしてもまたしても確信犯の字余りである。]
皿破りし婢のわびごとや年の暮
[やぶちゃん注:大正六(一九一七)年一月発行の『ホトトギス』(「台所雑詠」欄)への久女初掲載句の一句。]
へつつひの灰かき出して年暮るゝ
[やぶちゃん注:大正六(一九一七)年一月発行の『ホトトギス』(「台所雑詠」欄)への久女初掲載句の一句。]
大蛸をつるして除夜の厨廣し
猫泣くを起出て見るや厨寒し
[やぶちゃん注:かくこの六十九句を通して読むと、その殆んどが、確信犯の字余りの手法と詠物対象のずらし方から見ても、平凡な厨房の婦人の生活の切り取りでは「ない」ということがよく分かる。男どもが微温的なものを意識的に志向したに違いない『台所雑詠』の女世界に、真相としての子猫の死を侵入させ、殊更に老下女の皺の肌えにキャメラを向け、冷たさの勝った切れのあるクロース・アップを多用、そこには紅や緑の鮮烈な原色を配することも忘れず、しかも早くも夫婦の冷ややかな擦れ違いをも描き初めているではないか。まさにここに既にして――久女は「在る」――]