偽書「芭蕉臨終記 花屋日記」(Ⅵ) ――芭蕉の末期の病床にシンクロして 320年前の明後日 旅に病で夢は枯野をかけ廻る――
九日 諸子の取はからひとして、ふるき衣裝又夜具などの、垢つきたる不淨あるを脱かはし、よき衣に召せかへまゐらせ申。師曰、我邊地波濤のほとりに、革を敷寐、塊を枕として、終をとるべき身の、かゝる美々しき褥のうへに、しかも未來までの友どちにぎにぎしく、鬼錄に上らむこと、受生の本望なり。丈草・去來と召。昨夜目のあはざるまゝ、不斗案じ入て、呑舟に書せたり。各詠じたまへ。
旅に病で夢は枯野をかけ廻る
枯野をめぐる夢心ともし侍る。いづれなるべき。これは辭世にあらず、辭世にあらざるにもあらず。病中の吟なり。併かゝる生死の一大事を前に置ながら、いかに生涯好みし一風流とは言ながら、是も妄執の一ツともいふべけん。今はほいなし。去來言、左にあらず。日々朝雲暮雨の間もおかず、山水野鳥のこゑもすてたまはず。心身風雅ならざるなく、かくる河魚の患につかれ給ひながら、今はのかぎりに其風神の名章を唱へ給ふ事、諸門葉のよろこび、他門の聞え、末代の龜鑑なりと、涕すゝり泪を流す。眼あるもの是を見ば、魂を飛さむ。耳あるもの是をきかば、毛髮これがために動かむ。列座の面々、感慨悲想して、慟絶して、聲なし。是師翁一代遣教經なり。此日より殊更におとろへたまへり。度數しれず。(去來記)
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