杉田久女句集 300 杉田久女句集未収録作品 Ⅵ 大正七年(2)
次女病床に來て甚あどけなし
椿よりも汝を見る我目たのしめり
[やぶちゃん注:当時、次女光子さんは二歳。]
熱の乳呑みに來る兒や紅椿
我病めば子のもつれ髮春寒し
或夜
正夢の如く母來ぬ夜半の梅
春の夜を我魂飛ぶ都かな
傘の紺色沈めて蝌蚪を見つめけり
ひしと出て芥子の二た葉や別れ霜
[やぶちゃん注:「別れ霜」八十八夜の別れ霜のこと。八十八夜(雑節の一つで立春から八十八日目。五月二日頃。ここを境に農家は種蒔・茶摘・養蚕などの繁忙期に入った)の頃に降りる霜。この後には霜は降りないとされた。忘れ霜。]
客の前にこの我儘や紅椿
春木かげ踏み歩む子に庭せまし
灯に淋しき雛なぐさめて起きゐたり
春雨や夢にとけこむ曉の鐘
尾を引いて鐘がなる夜や春の雨
雞しきりに告げて春雨菜に晴るゝ
山吹に濡れ歸る婢のはだしかな
桶の貝に潮くみて來ぬ春の川
花銀杏廣き板間のひえにけり
爭ひ安くなれる夫婦や花曇り