『風俗畫報』臨時増刊「鎌倉江の島名所圖會」 大樂寺
●大樂寺
覺園寺域内に在り。古は胡桃ケ谷に在しとぞ。故に胡桃山千秋大樂寺と號す。此に移せし年代は傳はらす、開山は公珍和尚。本尊は鐡像にて願行作。之を試(こゝろみ)の不動と云。是大山寺不動を鑄(ゐ)し時。先試に鑄たる像と云ふ。及び愛染〔運慶作〕藥師〔願行作〕を置く。
[やぶちゃん注:「大樂寺」(「だいらくじ」と読む)は明治維新時に廃寺となったと思われる。この本尊は願行上人が大山寺の不動明王を造る前に試しに造ったものと伝えられることから「試みの不動」と呼ばれた。ここにあった阿閦(あしゅく)如来(ここで「藥師」とするもの。同一視された)や愛染明王像は現在、覚園寺に安置されており、愛甲郡依智村浅間神社にはここにあった鐘(貞和六(一三五〇)年鋳造)が現存し、その銘文中には大楽寺の文保元(一三一七)年の伽藍興隆の記載がある(「鎌倉廃寺事典」に拠る)。則ち、本寺はこの発刊当時には最早、存在しなかった。これは思うに実際の踏査をせず、「新編鎌倉志卷之二」及び「鎌倉攬勝考卷之五」などの記載を無批判に引用した結果であろう。かなり杜撰な仕儀である。]
« 芭蕉の生理 篠原鳳作 附やぶちゃん注 (前)――芭蕉の末期の病床にシンクロして―― | トップページ | 日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十五章 日本の一と冬 火事の跡 »

