イリューシャのドモオイの怪談
イリューシャが語る。家魔(ドモオイ)の話。
「あの、な。俺とアヴヂューシカ兄(あん)ちやんと、フョードル・ミヘーフスキイとイワーシカ・カスイと、赤丘(グラースヌイ・ホルムイ)から來たもう一人のイワーシカと、イワーカ・スホルーコフと、それからもつとゐたんだ。みんなで十人位(くらゐ)ゐたんだけど、みんな當番の組で、紙漉場さ宿直(とまり)になつたんだ。本當の宿直(とまり)つていふわけぢやないんだけど、監督のナザロフが歸(けえ)さねんだもん。『お前(めえ)ら、家へ歸(けえ)りてえつたつて、明日(あした)は仕事がうんとあるんだから、歸(けえ)つちやなんね』つて。そいで俺(おん)ら殘つて、みんな一緒にごろ寢してたんだ。そしたらアヴヂューシカが、さあ、家魔(ドモヲイ)が出たらどうする? なんて言(ゆ)つたんだ……。アヴちやんが、まあだ言ひ切らねえ内に、ふいっと誰だか俺(おん)らの頭の上を歩き出したんだ。俺(おん)らは下に寢てんのに、そいつは上の車輪(くるま)の邊を歩き出したんだ。じつと聽いてたら、歩いてて、歩くたんびに踏み板がしなつて、みしみしするんだ。それから俺(おん)らの頭の上を通り過ぎてしまふと、急に水がさらさらさらっと水車に流れ込んで、水車がぎいこつとんと鳴つて廻り出した。樋の口は外づしてあんのにな。誰が口を上げて、水を落したんだか、俺(おん)ら不思議でしやうがね。でも、水車は暫く廻つて、それきり止まつちやつたんだ。やがて、足音は上の戸んとこへ行つて、梯子段を、こんな風に、何だか急(せ)いてもゐねえやうに、ゆつくりゆつくり降りて來るんだ。梯子段も歩くと唸るやうな音を出して……、そのうちに、いよいよ俺(おん)らの部屋の戸口まで來て、暫くのあひだ、待つてゐる、待つてゐる、――そしたらひよいと戸が一ぱいに開いちやつたんだ。俺(おん)ら、たまげちやつて、見ると、何(なん)にもゐねえ……ふいっと、今度は大桶(おけ)のわきの漉桁が動き出して、持ち上つて、水に浸つたかと思ふと、水の外を歩いて、こんな風に歩いて、まるで誰かが、濯(ゆす)いでるやうだつけが、また元んところへ歸(けえ)つちやつた。さうすると今度は他の大桶(おけ)のそばにあつた鈎が釘からはづれて、また元の釘に引つかかる。それから今度は誰か戸口の方さ行つたやうだと思(も)つてたら、いきなり咳をしはじめた。何でも羊みたいによ。それからごほんとやつたんだ。……俺(おん)らみんな一かたまりになつて、お互ひに、からだの下に頭を突つこんぢやつたよ……。あの時はほんとにおつたまげたなあ!」(「猟人日記」「ビェージンの草原」中山省三郎訳より)