大和本草卷之十四 水蟲 介類 鳥貝
【和品】[やぶちゃん注:原本は「同」。]
鳥貝 其形魁蛤ニ似テ大也殻薄シ文理タテニアリ殻
ノ外黄白色内ハ淡紫ナリ身ハ鳥ノ嘴ニ似タリ大
坂尼崎ノアタリニ多シ味不美ホシテモ食ス化シテカイ
ツブリトナルト云或曰犬猫コレヲ食ヘハ耳輪縮リ小ニ
ナル
〇やぶちゃんの書き下し文
【和品】[やぶちゃん注:原本は「同」。]
鳥貝 其の形、魁蛤〔(くわいがふ)〕に似て大なり。殻、薄し。文理〔(もんり)〕たてにあり。殻の外、黄白色、内は淡(うす)紫なり。身は鳥の嘴に似たり。大坂尼崎のあたりに多し。味、美〔(うま)〕からず。ほしても食す。化してカイツブリとなると云ふ。或ひは曰く、犬猫、これを食へば、耳の輪、縮まり小になると。
[やぶちゃん注:斧足綱マルスダレガイ目ザルガイ科トリガイFulvia mutica 。
「魁蛤」前出。翼形亜綱フネガイ目フネガイ上科フネガイ科アカガイ Scapharca broughtonii 。
「大なり」ウィキの「トリガイ」によると、多くは寿命が約一年でプランクトンを餌として殻長七~九センチメートルほどとなるが、二~三年生き残るものもあり、その場合、十センチメートル以上に成長するとはあるが、アカガイは通常でも大型個体は十二センチメートルに達するから正しい叙述とは言い難い。
「化してカイツブリとなる」「カイツブリ」は鳥綱カイツブリ目カイツブリ科カイツブリTachybaptus ruficollis 。「鳰」「鸊鷉」(音:ヘキテイ)などと書く。通常は流れの緩やかな河川・湖沼・湿原等に棲息するが、まれに冬季や渡りの際には海上で観察されることもある。山崎美成の「世事百談」に以下のようにある(私は活字本を所持しないので、「富山大学学術ラボラトリー」の小泉八雲旧蔵書版原本を視認判読して電子化した。読みは振れそうな一部を附すに留めた)。
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とり貝
鳥貝は赤貝に似て殻薄く貝の表うすあかく、丹後の宮津にて茶碗貝といへり。肉、はまぐりに似て、色、黄なり。正、二月、その肉を酢に浸して京師へおくり賣れり。この貝、鳰(かいつぶり)に化す、ゆゑに鳥貝とよべりと介品(かひひん)にいへり。江戸にてもつねに賣來り、鮓(すし)にも專(もはら)に製し鬻(ひさ)ぐ。されど味(あぢはひ)さのみ美(うま)からず。上總の國人(くにびと)のいへるには、海上に千鳥といふ鳥多くゐて、その鳥の水に入り、化して貝となれば、鳥貝といふとかや。その肉の卵の如くなるは、この故なりといへり。また、伊勢のあたりよつ廻船(くわいせん)の舟人、舩(ふな)がかりのをりをり、とり貝を求めて食料とす。その價(あたひ)の事外(ほか)にやすきものなるゆゑとぞ。その貝をはなし、肉を見るに、鳥の形ありといへり。されば鳥貝といふは、いづれのわけにて名をおふせしにか未だおもひえず。しかれども、「月令(ぐわつりやう)」に雀の化して蛤(はまぐり)となるとあるをおもへば、鳥の貝に化すといへるが、さもあるべくや。
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「介品」は貝類図譜の意で、ここは特定の介品図譜を指すのではなく、一般名詞として用いているものと思われる。「月令」は漢代の年中行事を記した一種の歳時記。祭祀・農作業・家計・教育・製薬・養生・商業活動などを月毎に誌したもの。「雀の化して蛤となる」は、「雀海に入って蛤となる」で広く知られる迷信であるが(濫觴は「礼記」や「国語」)、ハマグリはその殻の模様が雀と類似していることからかく称せられたと考えられ、本命名起源とは少し異なるように思われる。
うに思われる。なお、「名をおふせしにか」の部分は判読に自信がない。
「犬猫、これを食へば、耳の輪、縮まり小になる」これはイカサマ話ではなく、事実である。光アレルギー(光過敏症)による炎症である。寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部」の「鳥蛤(とりがひ)」の条を引く(リンク先は私の電子テクスト)。
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とりがひ
鳥蛤
【俗に止利加比と云ふ。】
正字、未だ詳らかならず。
△按ずるに、鳥蛤は、形色、蛤蜊(しほふき)に似て圓く肥ゆ。大いさ、三寸ばかり。殻薄く、灰白色。縱に細き理(すぢ)有りて、畧ぼ蚶(あかゞひ)に似て、白色、淡紫を帶ぶ。假今(たとへ)ば【蚶を瓦屋子と名づけ、車渠(しやきよ)を板屋貝と名づく。】、此れは亦、柿屋子(こけらやね)と名づけて可ならんか。内、正紅なり。其の腸に緗(もえぎ)色の汁有り。肉の狀、鳥の喙(くちばし)のごとし。故に俗に鳥貝と名づく。所謂ゆる『爵(すゞみ)の大水に入り化して蛤と爲る』とは、此れか。然も攝州尼崎に多く之れ有りて、冬・春、盛んに出づ。未だ他國に有るを聞かず。漁人、殻を去つて之を販(ひさ)ぐ。白丁(はしら)有りて指の大いさのごとし。擣(つ)きて魚餠(かまぼこ)と爲し、他邦に送る。其の肉、炙り食ひて、甘く美なり。煮ても亦、佳し。最も下品にして賤民の食と爲す。無毒。但し、猫、鳥蛤の腸を食へば、則ち耳(みみ)、脱け落つ。又、云ふ、鳥蛤の腹に小さき蟹有り。大いさ、豆のごとし。是れに此れ、瑣蛣(さきつ)の類か、食ふ所の蟹か。
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以下、私がリンク先で注したものを引用する(一部省略)。
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「猫、鳥蛤の腸を食へば、則ち耳脱け落つ」については、冒頭の「鰒」(アワビ)の「布久太米」の注や、最後の貝鮹(タコブネ)の項の注を参照されたい。なお、本件はトリガイであるが、以下のヤフーの書き込み記事を披見すると(消失する可能性もあるので一部引用「ホタテガイの貝柱を加工する工場では、製品に必要ないヒモ(内臓)を捨てることがありますが、それを食べた猫が同様の症状を示し、その工場の周りの猫は皆、耳無し法一状態だったという笑えない事実もあるようです。アカガイの報告は聞いたことはありませんが、貝の内臓は猫に与えるべきではないでしょう。」)ホタテガイ等でも同様の結果が生じるらしいので、敷衍判断してもよいのかもしれない。流石に成分分析の容易な時代、ネコやラットで治験してはいけない(【2022年8月13日追記】リンク元のアドレスが変わっていたので変更した)。
「瑣蛣」は、「寄居蟹」(やどかり)を指す古語であるが、この場合は勿論、ヤドカリ類ではなく、ピンノ類などの短尾下目(カニ類)の二枚貝の内部に寄生するカクレガニ科 Pinnotheridae を示している。
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因みに、この「鰒」のこれは、私のすこぶる関心の深い分野であるので、これの私の当該注も引用しておく。
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「布久太米(ふくため)」は、本記載ではトコブシの塩辛と読めるが、現在では良安が「長鰒」の最後で紹介するアワビの内臓の塩辛として、三陸に於いて「福多女」の名で、製造されている。塩辛いが、酒肴の珍味で、私も好物である。三十年以上も前になるが、ある雑誌で、古くから東北地方において、猫にアワビの胆を食わせると耳が落ちる、と言う言い伝えがあったが、ある時、東北の某大学の生物教授が実際にアワビの胆をネコに与えて実験をしてみたところが、猫の耳が炎症を起し、ネコが激しく耳を掻くために、傷が化膿して耳が脱落するという結果を得たという記事を読んだ。現在これは、内臓に含まれているクロロフィルa(葉緑素)の部分分解物ピロフェオフォーバイドa( pyropheophorbide a )やフェオフォーバイドa( Pheophorbide a )が原因物質となって発症する光アレルギー(光過敏症)の結果であることが分かっている。サザエやアワビの摂餌した海藻類の葉緑素は分解され、これらの物質が特に中腸腺(軟体動物や節足動消化器の一部。脊椎動物の肝臓と膵臓の機能を統合したような消化酵素分泌器官)に蓄積する。特にその中腸線が黒みがかった濃緑色になる春先頃(二月から五月にかけて)、毒性が最も高まるとする(ラットの場合、五ミリグラムの投与で耳が炎症を越して腐り落ち、更に光を強くしたところ死亡したという)。なお、なぜ耳なのかと言えば、毛が薄いために太陽光に皮膚が曝されやすく、その結果、当該物質が活性化し、強烈な炎症作用を引き起すからと考えられる。なお、良安はこの毒性について、「鳥蛤」(トリガイ)の項で述べている。また別に、最後の「貝鮹」(タコブネ)の項も参照されたい。
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……ヘンなことに異様に興味を持ってしまう、僕の悪い癖……]
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