飯田蛇笏 山響集 昭和十三(一九三八)年 天地凍む
天地凍む
花温室の新月昏らみ年うつる
雲通る冬ほそ瀧のこだまかな
大熊座地は丑滿の寒さかな
強霜に峽川(かひかは)ほろく湛へけり
灯をかゝげ寒機月になほ織りぬ
八つ手凍て寢起きの魔風幽らかりき
[やぶちゃん注:「幽らかりき」は「かそらかりき」と訓じているか。]
冬の蟇川にはなてば泳ぎけり
山の童の木菟とらへたる鬨あげぬ
石蕗の凍て巖の鳴禽屎をとゞむ
[やぶちゃん注:「屎」は「くそ」。糞。]
去年今年闇にかなづる深山川
枯山に奥嶺は藍(あを)く鳶浮けり
冬薔薇の咲きかはむるゝ一と枝かな
日たかくて鷺とぶ蓮田氷りけり
土凍てて日を經る牛蒡朽葉かな
空寒く土音のして牛蒡掘る
寒風呂を出てなりはひの襤褸を着ぬ
子地獄の吹きさらさるゝ冬至風呂
櫛ひろふ手を水寒くこぼれけり
汲み溢る寒水の杓よるべなし
雪に鳴く雌の老雞を見かけけり
冬一時黝き蘇鐡に日すわりぬ
甲斐絹の産地郡内
雪解富士戸々の賤機こだませり
[やぶちゃん注:「甲斐絹」は「かいき」と読む。海黄・海気・改機・海機などとも書き、経糸と緯糸を一対二の割合にして製織した本練りの絹織物をいう。特有の布面と光沢、絹鳴りを持ち、羽織の裏地・夜具地・座布団地・風呂敷などに用いられる。「郡内」(ぐんない)は山梨県都留郡一帯を指す地域呼称。ウィキの「郡内地方」によれば、御坂山地と大菩薩嶺を境とした県東部地域で北都留郡及び南都留郡に相当し、県西部地域を指す国中地方と対比される。気象庁による山梨県内の気象区分では東部・富士五湖と呼ばれている。『人口は総じて相模川(桂川)流域沿いなど山間の平坦部に集まっている。近世に確立した郡内織が現在でも重要な地場産業であり、近年は交通が整備され、冷涼な気候や京浜・中京圏から近いことを活かした観光に力を入れている』とある。ここに出る「郡内織」は「甲斐絹」と同義的に用いられているものと思われるが、狭義には甲斐絹の一種が郡内織或いは郡内太織(ふとおり)と呼ばれていたらしい。詳しくは山梨県富士工業技術センターの企画・製作になる非常に優れたサイト「甲斐絹ミュージアム」を参照されたい。]
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