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2014/11/12

生物學講話 丘淺次郎 第十一章 戀愛(3) 二 暴力 (Ⅰ)

     二 暴力

 卵細胞と精蟲との間には細胞の戀があつて互に相求めることは、前に述べた通りであるが、この兩種の生殖細胞を相近づかしめるためには、必ずしも雌雄の兩性體ともに、相手に對する戀愛が具はらねばならぬといふことはない。甲乙の二個體が雙方から相慕へば、直に相接觸し得ることは無論であるが、假に甲が全く冷淡であるとしても、乙に強い戀愛があれば結局二疋は相接觸することになる。また甲が乙を嫌うて逃げ去らうとしても、乙に甲をして止むを得ず意に從はしめるだけの猛烈な戀愛があれば、それでも確に二者の接觸が生ずる。動物界に於ける雌雄の間の關係は實にさまざまであつて、互に相慕ふものも素より多いが、雄が暴力を以て雌を屈從せしめ、強制的に受精を行はせるのも決して珍しくはない。特に獸類や昆蟲類はその例が幾らでもある。猿類の如きも往々この方法を用ゐる。



Bouryokukumo

[ロシヤ産の「くも」類の一種]

[やぶちゃん注:本図は国立国会図書館蔵の原本(同図書館「近代デジタルライブラリー」内)の画像からトリミングし、補正をしたものである。]

 

 一例としてロシアの東部に産する一種の「くも」に似た蟲に就いて、或る人の詳しく觀察した所を述べて見るに、この蟲では雄は不意に雌を襲うてその腹を強く咬むと、雌は直に氣絶して半死の狀態となり、全く抵抗力を失ふが、雄はかく無抵抗になつた雌の體を轉して、腹を上に向けしめ、その一方にある生殖孔の中へ、自身の觸足を用ゐて思ふがまゝに何囘も精蟲を入れる。かくて稍々時刻が移ると、雌は正氣に返り體の位置を舊に戻すが、雄はこれを見るや急いで逃げてしまふ。なぜといふに雌は雄よりも體が大きく力も強く、且頗る食を貪るもの故、雄と雖もその附近に徘徊して居ては至極危險なためである。これに類する方法で受精する種類はなほ他にも多くあるが、これらから見ると、自然は實に目的のためには手段を選ばぬもののやうに感ぜられ、結局種族の維持が出來さへすれば、そのために如何なる方法で受精が行はれやうとも、それは各種の習性に隨ひ、適宜なもので差し支がないのであらう。種々の動物の身體を檢査して見ると、雄の身體に雌を捕へて離さぬための裝置を見出だすことが頗る多いが、これは大概強制的に雌をして受精を承諾せしめるためのものである。「げんごらう蟲」の雄の前足の吸盤でも、雄の蛙の前足にある皮膚のざらざらした瘤でも、皆この目的に用ゐられる器官である。

[やぶちゃん注:『ロシアの東部に産する一種の「くも」に似た蟲』ちょっと気になるのは丘先生の『一種の「くも」に似た蟲』という言い回しで、これだと鋏角亜門蛛形(クモ)綱クモ綱に属するが、真正クモ(クモ)目 Araneae ではないというニュアンスである(但し、キャプションの方は『ロシヤ産の「くも」類の一種』で微妙に違う)。私はクモ類に暗く、ネット上でかなり多様な検索をかけてみたが、この種に辿り着くことが出来ず、原画像とこの交尾時の特異行動から識者であれば一瞬にして種を同定し得るはずであろうと、例によって識者の御教授を乞う、としてSNSで公開したところ、嘗て私が某高校に於いて「名誉部員」(顧問ではないところがミソ)をしていた特殊で大真面目な部活動「コケ化研究部」のかつての同じ部員(教え子で担任)の一人がフェイス・ブックで、『画像と生殖行動からヒヨケムシの仲間(クモ綱ヒヨケムシ目)ではないかと思うのですが、残念ながら自分も節足動物に詳しくなく、種名までは同定できません。また、ヒヨケムシは主として熱帯乾燥気候に分布する仲間で、果たしてロシアの東部に産するのかはわかりません』と書き込み、ナショナル・ジオグラフィックの記事「砂漠の強者ヒヨケムシ」の広告ページも紹介して呉れた(かなりグロテスクなのでクリックは自己責任で! 以下の本注のリンク先は総て同じなので要注意!)。そこには触肢と顎で♀を抱えて交尾行動中の♂のヒヨケムシ(日避け虫)の写真が載り、『メスは交尾の間、催眠状態に陥りすっかり動くのをやめ、オスが去ると通常の状態に戻る。オスにとって交尾は危険に満ちている。交尾を拒むメスはオスを攻撃し、殺して食べてしまう』というキャプションがついている。これはまさに丘先生の叙述にピッタリだ! ネット検索を掛けると、「世界三大奇虫」の一つであるとか、都市伝説レベルの巨大ヒヨケムシとその恐怖といった記載が飛び込んでくる! そこでウィキの「ヒヨケムシ目」を調べて見ると、節足動物門鋏角亜門クモ綱ヒヨケムシ目 Solifugae とあって、先に私が引っ掛かっていた『ロシアの東部に産する一種の「くも」に似た蟲』という丘先生の言い方の通り、これはクモ綱Arachnida ではあるが、我々が通常、クモと認識している真正クモ(クモ)目 Araneae ではないという点でも一致を見た。画像(グーグル画像検索「Solifugae――!強烈なので最もクリックには注意されたい!――)を見ても一目瞭然であるが、クモともサソリともつかぬ奇体な形状をしており、ウィキには、『熱帯の乾燥気候の場所に多い。大型種が多く、活発な捕食者で』、『巨大な鋏角をもち、全身に毛が生えた動物である。頭部は大きく膨らみ、胸部は落ちこむ。頭部の前の端中央に目がある。腹部は楕円形で、体節に分かれる。腹部は、えさを食べると大きく膨らむ』。『頭部の前の端からは、前向きに巨大な鋏角が突き出す。鋏角は頭より大きいほどで、上下に動く爪を備えた鋏になっている。毒腺はない。触肢は歩脚状で、先端には吸盤がある。歩脚はよく発達し、毛に覆われている。第四脚が最も大きく、その基部の下面にはラケット器官と呼ばれる小さな突起状の構造が並ぶ』。『呼吸器官は、クモ綱には他に例がないほどよく発達した気管をもっている』とある。生態については、『乾燥地に多く生息し、地域によっては都市部でも見られる。夜行性の活発な捕食者であり、昆虫、クモ等を捕食するが、ときには共食いもし、大型種はハツカネズミや小鳥も食うことがある。素早く走り、木に登ることもある。また、しばしばタランチュラ(オオツチグモ科)と互いに捕食しあう関係でもある。 強力な顎によって獲物の外皮や肉を食い千切り、出血多量で弱らせてから捕食する』。『刺激を受けると触肢を高く上げ、腹部を立てる動作をする。これは一種の威嚇姿勢と考えられている。それでも相手が諦めない場合は、鋏角で噛み付いて防御する』(夜行性であることとこの防御姿勢が和名の由来であろうか)。『配偶行動では、雄が雌に触れれば、雌は体を倒し、雄は精包を鋏角を使って雌の生殖孔へ受け渡す。腹部のラケット器官が大きく、体が痩せている方が雄であり、雌は雄よりも遥かに体が太っていて力が強く、配偶行動に失敗したり、終了後の雄が食べられてしまう事もある』。『産卵を迎えると、雌は深く穴を掘って産卵する。卵は母親の体内で発生を進めており、産卵後二日ほどで孵化する』(少し気になるのは、この記載やナショナル・ジオグラフィックのキャプションから見ると、丘先生のいうような嚙みついて失神させるという謂いとはかなり異なることである。嚙んで神経節を圧迫して一時的な麻痺を引き起こすといったニュアンスでもないように思われ、寧ろ、ある種のフェロモンか若しくは♀のどこかの器官への物理的刺激が雌の行動を一時的に抑えるといったメカニズムが別にあるのかも知れない。その辺りが明確にされた記載には辿り着けなかった)。因みに「人との関係」の項には、『人間が咬まれると、場合によっては激しい炎症や、めまい、吐き気などを引き起こす。ただしこれは傷口から細菌が入るなどの結果ではないかとも言われており、ヒヨケムシ自体は毒腺をもたないのが定説となっている。しかし唯一インド産の Rhagodes nigrocinctus という種に関しては、上皮腺に毒があるとの報告がインド人の研究者らによって』指摘されているとあり、『それによれば、この種の上皮腺から抽出した毒をトカゲ類に注入したところ』、十匹中七匹が麻痺したとされる(一九七八年の報告)。『しかし他のヒヨケムシからはそのような上皮腺は見つかっておらず、この種についての追試も行われていない。またもし上皮腺に毒があるとしても、その毒を彼らがどのように用いるのかも不明である』。『また、イラクに駐留する米兵の間で恐怖と好奇の対象となった。いわゆる不快害虫のため、「毒を持つ」「寝ている間に人間に食いつく」など、その奇妙な姿から根拠の無い風評や生態がネットなどで誇張されて伝えられた。なかには、基地内でペットとして飼育する兵士もいた』とある。問題は分布域なのであるが、日本版ウィキには本邦には棲息せず、『世界の熱帯から亜熱帯にかけて』十二科千種以上が記載されている、とある。熱帯・亜熱帯というのは丘先生の『ロシアの東部に産する』とあるのと、やや齟齬感を感じさせるようにも思えたのだが、そこでこの「ヒヨケムシ目」のロシア語版“Фалангиをみると、“Распространение”(分布)の項に(主に自動翻訳に拠る推定内容であるが)、彼らは主にロシア旧ソ連の砂漠地帯に棲息しているが、クリミア半島・ヴォルゴグラード・コーカサス・中央アジアのカザフスタン・キルギス・ジキスタンに分布するといったことが書かれていることが判明した。これはまさしく丘先生のおっしゃる『ロシアの東部』と一致するではないか! その他にも私が昔から好きでよく訪れる「UMAファン~未確認静物」(ここは侮ってはいけない。なかなかに専門的なサイトである)の巨大ヒヨケムシ 伝説は本当か?も必見である。

『「げんごらう蟲」の雄の前足の吸盤』ウィキの「ゲンゴロウ」に、雄の前脚の跗節(ふせつ:昆虫類の脚は胴の根元部分から基節・転節・腿節・脛節・跗節と呼ぶ部分に分ける。脚の最先端部を指す。)には『一部が扁平に拡大して下面にいくつかの吸盤を持つものが多く、交尾に際してはこれで雌の背面に吸着する。また、一部の種では雄の背面が滑らかなのに対して雌の背面にはしわや溝が発達する例があり、これも交尾に際して雄がつかまりやすくするのに関係した適応と考えられる』とあり、また『雌の腹端には出し入れできる左右に扁平な産卵管があり、大型種には水草に顎で穴を開け、そこに産卵管を差し込み産卵するものが多いが、小型種や中型種には水草などの表面に卵を付着させるものが多く、あるいは水面に一部を出した流木などの濡れた表面に卵塊として産卵するものも知られる』とある。佐野真吾氏の「阿部光典ゲンゴロウ類コレクションのデジタル画像化」(PDF)で実体の画像が、阿達直樹氏の「走査型電子顕微鏡画像資料集」で「ゲンゴロウの雄の前足の吸盤」の画像が見られる。

「雄の蛙の前足にある皮膚のざらざらした瘤」これは生物学では婚姻瘤、通称「抱き胼胝(だこ)」と呼ばれるもので、カエルの繁殖期に於いて♂の上指や胸に発達する肥厚した瘤状の部分を指す。カエルの♂と♀が交尾する際には通常、「抱接」とよばれる姿勢をとって♂が♀を抱き締めるが、婚姻瘤はその時に♀を確実に抱擁するための補助具として機能する。繁殖期であれば蛙の雌雄はこれによって区別することが出来る(但し、婚姻瘤が発達しない種もある)。グーグル画像検索「婚姻瘤」をリンクしておく。]

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