最後の怪異――コスチャの語る幼馴染みのワーシャの死……そしてパウルーシャの聴いた川底からの……ワーシャの声……
「それから、ワーシャを覺えてつか?」悲しさうな聲でコスチャが附け足す。
「どのワーシャよ?」とフェーヂャが訊ねる。
「ほら、あの、この川へ落つこちて死んだのよ」コスチャが答へる、「やつぱりこの川でだ。何て可愛い子だつたかなあ! ああ、とてもいい子だつたがなあ! おつ母さんのフェクリスタはあのワーシャをどんなに可愛がつたか知れないんだ! フェクリスタには、あの子に水の祟りがあるつてことは、蟲が知らした見(め)える。夏なんか、ワーシャと俺(おん)ら、子供ら仲間で、小川さ水浴びに行つたりすると、おつ母さんは慄へ上つて氣を揉んだんだ。ほかのおつ母さんたちは何でもねえ、手桶もつてそのそばを往つたり來たりして、えつちらおつちらしてるのに、フェクリスタは手桶をおろして、「お歸り、坊や、お歸り! ああ、お歸りよ、いい子だから!」つて呼ばつてたんだ。一體、どうして水へ落つこちたんだか、誰も知らねえんだよ。川つぷちで遊んでて、おつ母さんもその邊にゐて、乾草を搔き寄せてたんだ。そして、ひよいと氣がつくと、誰か水ん中で泡ふいてるやうな音がした。ようく見ると、もう水の上にやワーシャのしやつぽばかりが浮かんでるんだ。それからだよ、フェクリスタが氣が變になつちやつたのは。川つぷちへ行つては、ワーシャの落つこちたところへ寢そべつて、歌うたつてるんだ。ほれ、ワーシャがいつもあんな歌をうたつてたらう。あの歌をフェクリスタもうたひながら、泣いて、泣いて、神樣にさんざん泣き言をいつてるんだ……」
「ああ、パウルーシャがかへつて來た」とフェーヂャが、いふ。
パーウェルは水をいつぱいに入れた鍋をもつて、焚火のところへやつて來た。
「おい、みんなら」一寸のあひだ默つてゐたが、やがて彼は言ひ出した、「變な事あつたぞ」
「何がよ?」コスチャが急き込んで訊ねる。
「ワーシャの聲が聞えたんだ」みんなは一せいに身慄ひした。
「何だつて、おい、何だつて?」とコスチャが廻らぬ舌でいふ。
「ほんとだよ。おれが水汲まうと思(も)つて、こごんだら、いきなりワーシャの聲で、水の底から聞えてくるみたいに、『パウルーシャ、パウルーシャ、こつちへおいで』つて、かういつて呼ぶ聲が聞こえるんだ。おらあ、逃げて來た。でも、水だけは汲んで來たよ」
「ああ、どうしよう、どうしよう」と子供たちは十字を切りながら口々にいふ。
「パーウェル、そりや河童(ワヂャノイ)が呼んだんぢやないか」フェーヂャがなほも言葉をつづける……、
「こつちぢや丁度いま、あのワーシャの話をしてたとこだ」
「ああ、緣起が惡い」とイリューシャが一句一句に間を置いていふ。
「なあに、大丈夫だよ、かまふもんか!」とパーウェルはきつぱり言ひ放つて、また腰をおろした、「どうせ運は免(のが)れらんねえんだもの」
子供たちは、靜かになる。見たところ、パーウェルの言葉が子供たちに深い感銘を與へたらしい。子供たちは、いよいよ眠らうとでもしてゐるらしく、焚火の前に横になり始めた。(「猟人日記」「ビェージンの草原」中山省三郎訳より)
« ロシアの河童ワジャノイに引かれたと噂される狂女アクリーナの真相 | トップページ | パウルーシャの最後の台詞(「猟人日記」「ビェージンの草原」中山省三郎訳より) »

