コスチャのルサルカの怪談
コスチャが語る。水妖(ルサルカ)の話。
「んぢや、どうしてあのガヴリーラがあんなにいつも陰氣な顏して、物を言はねんだか、知つてつけ? あんなに陰氣なのはな、かういふ譯なんだよ。父ちやんが話して聞かしたんだけど、あの人がな、胡桃とりに森(やま)さ行つたんだと。うん、胡桃とりに森(やま)さ行つたんだけど、道まぐれつちやつてよ。どんどん入つてつちやつて、とんでもねえ所さ入り込んぢやつたのよ。一生懸命にあちこち歩き廻つたけんど、それでもなあ、駄目よ! 道なんざ見つかんね。表はもう眞つ暗くなつた。それで仕方がねえんで、樹の下さ坐つて、『朝まで待つべ』と思(も)つたんだと。坐つてたら、居眠りし出したんだ。うとうとやり出したと思(も)つたら、急に誰かが呼ぶ聲がする。見たつて、誰もゐねえ。またうとうとやり出すと、また呼ぶ聲がする。今度はようく眼をあけて見ると、前の木の枝に水妖(ルサルカ)がゐて、からだなゆすぶりながら、大工を呼んでゐる。息がとまりさうなくらゐ笑つて、笑つて、さんざん笑つてゐる……。それにお月さまは眞つ晝間のやうに、とてもとても明るいので、何から何まで見えるんだ。水妖(ルサルカ)はやつぱり大工を呼んでゐる。水妖(ルサルカ)は體ぢゆうが透き通るやうに白くつて、枝さ腰かけてる。ちやうど鱸(すずき)か、白楊魚(かはぎす)みたいに、――でなけりや、ほら、あんなに白つぽくて銀色なのは鮒だな……。大工のガヴリーラはぼうつと氣が遠くなつちやつたのに、水妖(ルサルカ)の方ぢやあ、やつぱし笑つてて、來い來いつて、手で招んでゐるんだと。ガヴリーラはすんでのことで起き上つて、水妖(ルサルカ)のいふことを聽くところだつたが、きつと神樣が教へて下すつたんだな、いきなり氣がついて十字を切つたんだつて……、その十字を切んのは、とても大へんだつたと。手がほんとに石みたいになつて廻らなかつたつてな。ああ、なんておつかねえことなんだろ! ……それで、やつと十字を切つたんでな、水妖(ルサルカ)は笑ふのをやめて、急に泣き出したんだ…‥、泣いてな、眼を頭髮(あたま)の毛で拭くんだけど、水妖(ルサルカ)の毛つていふのは、まるで大麻みてえに碧いんだぞ。それでガヴリーラがじつと水妖(ルサルカ)を見て、ようく見て、訊き出したんだ、『おい、森の精、何だつて泣くのだ?』つて。すると、水妖(ルサルカ)はかういつたつてよ、『これ、人間よ、お前さんが十字なんかを切らなかつたら、死ぬまで私と一しよに面白く暮らせたものを。お前さんが十字なんか切るものだから、私は悲しくつて泣いてるんだよ。けれど、私ひとりばかりが惱みはしないよ。お前さんだつて、生涯、惱みつづけるやうにして上げるわ』さういふんだ。と思つたら、消えちやつたんだ。すると直ぐにガヴリーラに分かつて來たんだ、どうしたら森の中から出られつか、分かつて來たんだ……。その時からだよ、あんなにいつも陰氣な顏をしてんのは」(「猟人日記」「ビェージンの草原」中山省三郎訳より一部改変)