杉田久女句集 327 杉田久女句集未収録作品 ⅩⅩⅩⅢ 昭和十四年(全) / 杉田久女全集全句公開終了
昭和十四(一九三九)年
あせやすきにせむらさきの薺うち
英彦にて覺えし蝶にこと問はむ
[やぶちゃん注:絶唱、
蝶追うて春山深く迷ひけり
と遠く響き合う句である。]
寶塚聖天に詣づれば
聖天の鐘が鳴るなりわらびつむ
[やぶちゃん注:「寶塚聖天」兵庫県宝塚市宝梅にある七宝山了徳密院。大阪浦江福島聖天了徳院別院として大正八(一九一九)年に元真言宗東寺派管長日下義禅によって建立された新しい寺である。通称「宝塚の聖天さん」。因みにこの句の後のこととなるが、この寺には神風特攻隊敷島隊に二名を出した第十期海軍甲種飛行予科練習生の慰霊碑を含む全国陸海空戦没者二百五十万の英霊を祀る光明殿(昭和五三(一九七八)年建立)があり、その殿上に配された零戦のレプリカでも知られる。同寺の公式サイトをリンクしておく。]
實を搖りて鈴かけわれにめぐむなり
鈴かけの大樹と成りて芽ぐむなり
春雷のうてば松魚節(かつぶし)折れちまふ
新樹かげ鈴成の實を仰ぎたつ
土濡れて鈴かけめぐむそよ風に
一月振にて歸宅
トマト早や靑き實をつけ目當てよく
群れ通る工女盜むな紅苺
なりはひの苺積みのせトラックに
夕月まろし滿地の苺熟れみちて
大阪へ積み出す苺摘み急ぎ
鐘涼し松間を一人降りくれば
靑梅ちぎる小梯子移し次々に
手とどけど梢のみ梅ぬすむまじ
實梅もぐ徑もありて塚涼し
鐘涼し寶の塚に詣づれば
武庫川にて
晝河鹿きゝつゝわたる橋の上
[やぶちゃん注:「武庫川」「むこがは(むこがわ)」は兵庫県南東部を流れる河川。兵庫県篠山市真南条地区付近を源とし、蛇行を繰り返しながら次第に南行、三田盆地を潤したのちに再び山峡に入り、武庫川渓谷を形成、宝塚市街西方で大阪平野の北西端へ出て南流、下流域では尼崎市と西宮市の境界を成しつつ、瀬戸内海に注ぐ。因みに先に出た「寶塚聖天」は、この河畔に建つ宝塚劇場の対岸から南西に約一・四キロメートルの位置にある(ウィキの「武庫川」に拠った)。]
ゆく水をせきとめべしや鮎躍る
[やぶちゃん注:「せきとめべしや」はママ。]
ゆるやかにせせらぐ水よ夕河鹿
月見草手にあり散歩月をめで
むしあつき戀も忍ばずひとへ帶
高柳部隊を見送る
夏草を積むトラックは兵たん部
[やぶちゃん注:「高柳部隊」不詳。戦史の専門家の御教授を乞うものである。]
喜べど木の實もおちず鐘涼し
石角に林檎はつしとわがいかり
[やぶちゃん注:久女句集本文の最後を飾るに相応しい、久女らしい印象的一句である。……久女さん、誰が何と言おうと、私はあなたが好きです――――]
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これを以って私のブログ・カテゴリ「杉田久女」に於いての立風書房版「杉田久女全集」句集本文の全句の電子化を終了した。
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