杉田久女句集 324 杉田久女句集未収録作品 ⅩⅩⅩ 昭和十年(全)
昭和一〇(一九三五)年
山頭の赫土さす日や小松曳
雪嶺の襞濃く晴れぬ小松曳
[やぶちゃん注:「小松曳」「こまつひき」と読み、平安時代の昔から正月初めの子(ね)の日に、野に出でて小松を引き抜いて遊んだ行事をいう。子の日の遊びで新年の季語。]
電車待つ未明(まだき)の北斗冴え返り
風呂焚くや石炭喜々と焰鳴りつつ
[やぶちゃん注:「焰」は底本の用字。]
節分のくらき神樂に詣でけり
御廟所へ向ふ徑も笹鳴けり
陽炎へる老の歩みにそむくまじ
久方に笑み交す瞳も雛さび
古雛や花のみ衣(けし)の靑丹さび
[やぶちゃん注:「衣」の「けし」の読みは、動詞「着(け)す」の連用形から生じた古語。一般には「御衣(みけし)」の形で使われる。]
雛愛しわが黑髮を植ゑ奉る
とほくより櫻の蔭の師を拜す
わが袖にまつはる鹿のあしび雨
[やぶちゃん注:「あしび」ツツジ目ツツジ科スノキ亜科ネジキ連アセビ(馬酔木)
Pieris japonicaは晩春の季語であるが、「あしび雨」という季語が存在するとは思われない。「あしび/雨」も無理がある。これは季語を出すための大胆な造語と思われる。]
叱られてねむれぬ夜半の春時雨
花過ぎし斑鳩(いかるが)みちの草刈女
名草の芽もゆるところに日は濃く
[やぶちゃん注:「名草」は辞書によれば、「めいさう(めいそう)」と読み、花が美しいとか薬効があるなどの理由で、よく知られている草の意とする。]
岩惣の傘ほしならべ若楓
[やぶちゃん注:「岩惣」広島県廿日市市宮島町南町にある旅宿「岩惣」か? 同旅館の公式サイトによれば、安政元(一八五四)年に初代岩国屋惣兵衛が厳島神社の管絃祭(旧六月十七日)の前後一ヶ月間に立つ市(いち)の賑わいに着目、奉行所より紅葉谷(現在のもみじ谷公園)の開拓の許可を受け、もみじ川に架橋して渓流に茶屋を設け、道行く人々の憩いの場としたのを始まりとする実に百五十年の歴史を持つ旅館である。「岩惣」という名も、この岩国屋惣兵衛の名前に因んだもので、旅館形式となったのは明治になって間もなくの頃のこととある。違っていたら、御教授方、よろしくお願い申し上げる。]
秋來ぬとサフイヤ色なす小鯵買ふ
舞下りて山田の鶴やなき交す
菊うりの少女まてどもこぬ日がち
緣の日のふたたびうれし黄豆菊
芝にあれば木の實もふらずよき日和
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