日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十六章 長崎と鹿児島とへ 燦爛と発光する鹿児島湾
暗くなって、私は寝台へ入ったが、然し北緯三十一度の地点にある鹿児島湾へ船が入るのを見る為に、目を覚ましたままでいた。真夜中、私は再び甲板(デッキ)に出たが、湾に入ることよりも遙かに興味があったのは、海の燐光である。その光輝は驚くばかりであった。そして極めて著しいことに、大小の魚のぼんやりした、幽霊みたいな輪郭が、それ等がかき立てる燐光性の体質に依って、明瞭に知られた。私はこの驚くべき顕示を、更によく見る可く、船首から身体を乗り出した。幽霊の如く鮫(さめ)が船の下を過ぎた。すペくとるに照された進路を持つ骸骨魚で、いずれの旋転も躱身(かわしみ)も、朧に輪郭づけられる。真直な、光の筋を残して、火箭(ひや)の如く舷から逃れ去る魚もあり、また混乱して戻って来るものもある。魚類学者ならば、それぞれの魚を識別し得るであろう程度に、魚は明かに描き出され、照明されていた。私は遠方の海中に、光の際立った一線があるのを認め、それを海岸であろうと考えたが、海岸線は遙か遠くであった。近づいて見るとそれは、海にある何等かの潮流と界を接する燐光体の濃厚な集群で、海生虫の幼虫や、水母(くらげ)やその他から成立していることが判った。船がそれを乗り切る時の美しさは、言語に絶していた。舷ごしに見ている我々の顔を照しさえした。光は、まったく、目をくらます程であったが、而もその色は、淡い海の緑色である。それは人をしてガイスラー管の光輝を思わしめ、そしてそこを通り過ぎると、船痕の継続的波浪が到達するにつれて、暗い水から光の燦然たる閃光が起った。私が熱帯性の燐光を見たのは、これが最初である。この美しさは、いくら誇張しても、充分書きあらわすことは出来まいと思う。
[やぶちゃん注:ここは私の趣味から原文を総て示す。私はここに登場するのは、モースが言うようなバクテリアなどを共生した発光性魚類や発光性水母などではなく、原生生物界渦鞭毛植物門ヤコウチュウ綱ヤコウチュウ目ヤコウチュウ科
Noctiluca 属ヤコウチュウ
Noctiluca scintillans の発光ではないかと考えている。識者の御教授を乞うものである。彼らは物理刺激によって発行するから、多量に棲息する中を夜行性魚類が進行すれば、それによって光り、潮目の部分に集まって、水母や他のプランクトンと接触することによってここで彼らは発光しているのではないかと私は考えのであるが。
At dark I went to bed, but lay awake to see
our entrance into the Bay of Kagoshima, lat. 31°. At midnight, I was on deck
again, but a far more interesting sight than the entrance to the Bay was the
phosphorescence of the sea. It was startling in its brilliancy, and what was
very remarkable, the dim and ghostly outline of every fish, big and little, was
clearly defined by the phosphorescent material they stirred up. I hung over the
bow to see better this wonderful exhibition. A shark, like a ghost, went
beneath the vessel, a skeleton fish with a spectre-lit path, every turn and
dodge dimly outlined. Some fish darted away from the vessel's side like a
rocket, leaving a straight shaft of light; other fish would get confused and return.
So clearly were the fish depicted and illuminated that an ichthyologist would
have been able to identify every one. At a distance I noticed a sharp line of
light in the water which I supposed was the shore, but the shore-line was far
beyond. As we neared the line I saw that it was a dense mass of the phosphorescent
material bordering some current in the sea and consisting of the embryos of
marine worms, jelly fish, and the like. As the boat surged through it the
effect was indescribably beautiful. It illuminated our faces as we looked over the
side of the vessel. The light was literally dazzling, and yet the color was a
light sea green. It reminded one of the brilliancy of a Geissler's tube, and
after we passed it, as the successive waves of the steamer's track reached it,
brilliant flashes of light came out from the dark waters. This is the first
time I have seen the tropical phosphorescence, and it seems impossible that it
has ever been described with exaggeration.
訳で「すペくとるに照された進路」(太字は底本では傍点「ヽ」)とある原文では“with a spectre-lit path”であるが、特にフォント変更されていない(正直、石川氏がわざわざ「スペクトル」を平仮名書きにした意味も私にはよく分からない)。
「骸骨魚」不詳。何となくある種の魚類は頭に浮かぶが、内湾の海面近くという条件からはどうもピンとこない。これは私には蒼白く光る魚影の不気味な印象を述べたのであって、固有の英名とは思われない。
「躱身(かわしみ)」「躱」は音「タ」で、音符である「朶」は木の枝がたれた様を意味し、身を横に垂らしすことから、転じて身をかわす・避けるの意となった。
「ガイスラー管」底本では直下に石川氏の『〔ハインリッヒ・ガイスラー発明の真空放電管〕』という割注がある。ハインリッヒ・ガイスラー(Johann Heinrich Wilhelm Geißler 一八一四年~一八七九年)はドイツの物理学者で、ガイスラー管(減圧したガラス管に電極を設けて放電実験に用いるもので、陰極線研究に用いられて後のネオン管や蛍光灯の先駆けとなった)の他にもガラス製温度計や水銀を用いた真空ポンプなどの発明で知られる。]
« 日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十六章 長崎と鹿児島とへ 弁財船と打瀬舟 | トップページ | リオネッロ・スパーダ 放蕩息子の帰還 »

