橋本多佳子句集「海彦」 冬 牧夫 / 霜月夜
牧夫
――福山牧場にて
群羊帰る寒き大地を蔽ひかくし
冬野かへる群羊に牧夫ぬきん出て
群羊に押され背見せて寒き牧夫
冬草喰ひ緬羊姙りにも従順
[やぶちゃん注:「緬羊」「めんやう(めんよう)」で家畜の羊(ウシ目ウシ亜目ウシ科ヤギ亜科ヒツジ属ヒツジ Ovis aries)のこと。特に毛用に改良された品種群を指す。「姙り」は「みごもり」と読む。]
寒き落暉群(むれ)を離るる緬羊なく
ポケットに「新潮」寒き緬羊追ひ
寒き緬羊耳たぶのみ血色して
[やぶちゃん注:「福山牧場」広島県福山市にある牧場と思われるが、ネット検索で固有名ではヒットしない。底本の昭和二八(一九五三)年の十月の項に、『福山市の「七曜」支部発表会に出席』とある。この折りであろう。]
霜月夜
使ひ子走る昃ればすぐ風花して
風邪の眼に解きたる帯がわだかまる
除夜浴身しやぼんの泡を流しやまず
ひざ前(さき)に炉火立つ一切暮るる中
霜月夜細く細くせし戸の隙間
ルオー展
寒き肉体道化師は大き掌(て)平たき足
寒き道化瞼伏せればキリストめき
いま降りし寒き螺旋階の裏が見え
春日おん祭後宴の能 二句
月下に舞ふ照りてくもりて姥面(うばおもて)
月に立つ桜間龍馬すでに素(す)おもて
[やぶちゃん注:「春日おん祭後宴の能」春日大社の春日若宮おん祭の最後を飾る、十二月十八日の午後に演じられる後宴能(ごえんののう)。「桜間龍馬」(さくらまたつま 大正五(一九一六)年〜平成三(一九九一)年)」は金春流シテ方の能楽師。本名、桜間金太郎。当時、三十七歳。多佳子は当時、五十四。]
山路暮るる子が失ひし独楽ころがり
(二十八年)
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