橋本多佳子句集「海彦」 冬 枯崖 / 東大寺二月堂 / 狐 唐招提寺
枯崖
師誓子及び三鬼・暮石両氏に訪はれて
会はず 一句
留守を来てわが枯崖を如何に見し
[やぶちゃん注:「枯崖」「かれがけ」と読むか。冬枯れした崖の謂いで、聴き馴れぬ語ながらしっくりとはくる。ネット検索では、
一茎の鶏頭枯崖しりぞけつ 野澤節子
枯崖の下あるときは愛し合ひ 吉田三枝子
の用例を見出せる。]
飛火野荘(志賀直哉旧居)天狼同人会
直哉きゝし冬夜の筧この高さに
[やぶちゃん注:「飛火野荘」旧志賀直哉邸。奈良市高畑町にあり、この前年の昭和二八(一九五三)年より厚生省厚生年金宿泊所「飛火野荘」として使用されていた(昭和五三(一九七八)年まで)。現在は奈良文化女子短期大学セミナーハウス内「旧志賀直哉邸」として復元されている(学校法人奈良学園公式サイト内の「志賀直哉旧居」に詳しい)。]
寒き壁と遊ぶボールをうち反し
相うつは凍(い)つるや解くるや氷と波
綿虫飛ぶ天光の寵暮るるとも
風邪の髪解けざるところ解かず巻く
風邪の身に漢薬麝香しみにけり
黄八丈の冷たさおのがからだ冷ゆ
風花や葱が主(おも)な荷主婦かへる
(二十九年)
東大寺三月堂
同じ寒さ乞食の身より銭鳴り落つ
仏寒しわめける天邪鬼に寄る
天邪鬼木枯しゆうしゆう突く音(ね)立て
凍てゆくなべ壊れやまざる吉祥天女
虎落笛書祥天女離れざる
[やぶちゃん注:「虎落笛」老婆心乍ら、「もがりぶえ」と読む。冬の激しい風が竹垣や柵などに吹きつけて発する笛のような音。]
狐
狐飼はれてたゞに餌を欲る愛しさは
地を掘り掘る狐隠せしもの失ひ
狐舎を守る髪に狐臭が浸みとほり
われに向く狐が細し入日光
狐臭燦狐にはまる鉄格子
[やぶちゃん注:特異な表現句である。「こしう/さん//きつねにはまる//てつがうし」(こしゅう/さん//きつねにはまる//てつごうし)と読むか。「燦」は通常は視覚上の鮮やかに輝くさまをいうが、それをむっとする獣の臭いに響かせるのは面白い。個人的に欲を言うと「狐臭燦狐に嵌(はま)る鉄格子」とガッしと固めて見たい気はする。]
詩をしるす鉛筆狐きゝもらさず
唐招提寺
白羽子に息かけ童女斜視(すがめ)になる
独楽舐るいま地に鞭うちゐしを
独楽舐る鉄輪(かなわ)の匂ひわれも知る
溝乾く伽藍凩絶間あり
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