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2014/12/31

耳嚢 巻之九 熊本城内狸の事 / 皆さん! よいお年を!

今年最後の「耳嚢」。来年は絶対、「耳嚢」全十巻を完成させます!!!



 熊本城内狸の事

 

 細川越中守在所にて鑓劔上手(さうけんじやうず)を召抱(めしかかへ)けるが、相應の長屋等を可給(たまふべき)處、折節屋敷無之(これなく)、見立(みたて)相願(あひねがひ)候樣、當人並(ならびに)役人へも申渡有之(まうしわたしこれある)ゆゑ相糺(あひただし)候處、家作(かさく)も相應にて屋敷も格式より廣き所明(あ)き居(ゐ)候ゆゑ、右を拜領致度(いたしたき)段申立(まうしたて)候處、右屋敷は前々より怪異あり、殊に右に住居(すまゐ)候もの異變ある間、無用の旨、老職其外差留(さしとめ)けれど、某(それがし)は外の事にて被召抱(めしかかへられ)候にも無之、武術の申立にて御抱(おんかかへ)に相成(あひなり)、右樣(みぎやう)の儀承り御免を願(ねがひ)候ては、我身計(ばかり)にも無之、主君の不吟味(ふぎんみ)の一つなれば、是非右屋鋪(やしき)拜領を願ひけるに任せ主人も許容ありければ、日限(にちげん)に至り家内引連(ひきつ)れ從者共も一同引移り、家作の手入れなして立派に普請(ふしん)できあがりけるに、何の怪異も更になし。日數(ひかず)餘程たちて夜(よ)深更に及び、一人の男來りて燈(ひ)のもとに座(ざ)しける。何者なれば深夜に閨中まで來りしと尋(たづね)ければ、我等は此屋鋪に年久敷(ひさしく)住むものなり、御身引移りて我等甚だ難儀の由を申けるゆゑ、汝何ものなればかゝる事は申すや、定めて狐狸の類ひなるべし、我は拜領の屋鋪なれば今更明渡(あけわた)すことなりがたし、汝も年久敷住む事なれば、我等並(ならび)に家内等迄も目にかゝらざるやう住居の儀は勝手次第なり、若し女子供抔おどし或は人をたぶらかす事抔あらば、我(われ)取計(とりはから)ふ旨ありと申(まうし)ければ、畏(かしこま)り候由にて歸りぬ。其後折節出て機嫌など聞(きく)ゆゑ家内抔は恐れけれど、恐るべき筋なしと相應の挨拶なし置(おき)ぬ。半年も立(たち)て、かの者來りて申けるは、段々懇命(こんめい)に預り忝(かたじけな)し。一つの御願(おんねがひ)ありて罷越(まかりこし)候由にて、麻上下(あさかみしも)抔着して例の男まかりぬ。いかなる事やと申ければ、何卒御屋敷のはしに拾間(じつけん)四方程(ほど)の地面を給(たまは)り候へと申ける故、心得たる間(あひだ)繩張いたし置(おき)候樣(やう)申付(まうしつけ)、右の場所に勝手に普請可致(いたすべき)旨申ければ、忝(かたじけなき)由申立(まうしたて)歸りぬ。其翌日屋敷の片隅に拾間四方程の繩張致し、其夜きやりの聲などして普請にても致す體(てい)なれば、不思議の事なりと皆々恐れけれど、主人は全く狐狸なるべしと、聊(いささか)も心に不懸(かけず)、打捨置(うちすておき)ぬ。然るに或夜最前(さいぜん)の男、此度(このたび)は駕(かご)にのり、家來共(ども)外(ほか)由々敷(ゆゆしく)出立(いでたち)、麻上下着用、美々敷(びびしく)玄關迄來り、此間の御禮に罷越(まかりこし)ぬ、御目通(おめどほ)り相願(あひねがふ)旨申ける故、座敷へ通し面會なしければ、誠に年來の志願、御影(おかげ)にて相調(あひととの)ひ難有(ありがたし)、右に付(つき)、何卒私方へも被爲入被下(いらせられくだされ)候樣致度(いたしたく)、勿論御氣遣(きづかひ)の儀は聊(いささか)無之(これなく)、麁末(そまつ)の料理差上度(さしあげたき)旨にて、念頃(ねんごろ)に申述(まうしのべ)、菓子折持參なしけるゆゑ、念入(ねんいり)候儀忝(かたじけなし)、いつ幾日には可罷越(まこありこすべし)と約束して歸しぬ。家内下々までも、右折は定(さだめ)て穢敷(けがらはしき)ものなど詰置(つめおき)しならんと、忌み恐れけれど、開き見るに、城下の菓子や何某(なにがし)の製にて聊(いささか)疑敷(うあたがはしき)事なし。給(たべ)見候にかわる事もなければ、家内の者抔、某の日渠(かれ)が元に行(ゆか)ん事を禁じけれども、心だにすわりあらば何ぞ害をなすべきとて、更に不用い(もちいず)、屋敷の隅かれに與へし所へ至りけるに、玄關樣(やう)の所ありて數手桶(かずてをけ)などならべ、立派なる取次(とりつぎ)の侍兩三人出て座敷へ案内せしに、隨分綺麗に立(たて)し普請にて、左迄(さまで)廣きといふにもあらず。其所にて酒吸物(すひもの)抔出し、亭主殊の外歡び候體(てい)にて、是より勝手へ被爲入(いらせられ)候樣いたし度(たき)旨申けるゆゑ、案内にまかせ通りけるが、是よりは化(ばか)されたるなりと、後に語りける由。段々庭内抔通りて一つの座敷へ至りしに、廣廈金殿(くわうかきんでん)遖(あつぱれ)れの住居(すまゐ)にて、種々の料理手を盡し馳走なし、土産(みやげ)の菓子抔折詰結構(おりづめけつかう)を盡し歸しけるとなり。さて宿元へ歸りて右の荒增(あらまし)をかたりしに、土産の折詰は、彌(いよいよ)婦女子抔恐れ合(あひ)しが、給(たまひ)候に替(かは)る事なければ、不審ながら、人に語るべきにもあらされば打過(うちすぎ)ぬ。四五日過て、例の男供廻(ともまは)り美々敷(びびしく)、麻上下を着し來りて、此間の御禮に罷出(まかりいで)候由ゆゑ、座敷へ通し、家來にも供廻り等心附(こころづけ)、異變あらばかくせよと密(ひそか)に申付(まうしつけ)けるが、彼(かの)男麻上下を着して、此間は忝(かたじけなき)段厚(あつく)申越(まうしこし)、誠に海山(かいさん)の厚恩(こうおん)謝(しや)するに所なし、何(なん)ぞ御禮可申上(まうしあぐべき)と心附、持傳(もちつた)へし一刀是(これ)ある間(あひだ)、是を獻上致度(いたしたし)と申けるゆゑ、忝(かたじけなく)は存候得(ぞんさふらえ)ども、持傳へと有れば其許(そこもと)の寶なり、無益の心遣ひと斷(ことわり)けれど、折角の志なり迚、則(すなはち)箱を取寄(とりよ)せ緞子(どんす)の袋入(ふくろいり)の刀を取出(とりいだ)し差出(さしだす)間(あひだ)、請取(うけとり)、先づ一覽可致(いたすべし)と、彼(かの)刀を拔き改め見るに、誠に其刃(やいば)氷玉(ひようぎよく)ちるが如く、ごうの義廣(よしひろ)なるべしと、賞美(しやうび)なすふりに、彼(かの)男を一刀兩斷に切付(きりつけ)ぬれば、わつと云(いひ)て倒(たふ)れけるが、この物音を聞(きき)て、供(とも)せしものどもは逃去(にげさら)んとせしを、家來供(ども)立出(たちいで)、捕へんとせしが、とりどり狸の姿をあらはし逃去(にげさ)りける。かくして役人へも申立(まうしたて)ければ、早速打寄(うちより)見分なせしに、やはり最前の男、切殺(きりころ)されぬれど形を不變(かへず)。しかれども家中にて知れる人にあらず、奴僕(ぬぼく)の怪敷(あやしき)形ちを顯(あらは)し逃去(にげさる)るうへは、老狸(ろうり)の類ひ急には本性あらはさぬものなりとて、さらし置(おき)しに、後(のち)は狸の形を顯はしける。さて段々糺しけるに、右料理と申(まうす)は、主人の臺所へ申付(まうしつけ)、渠が住居と思ひしは二の丸にてありし由。刀は主人寶蔵(ほうざう)に籠置(こめおく)品にて、土用干(どようぼし)抔のせつ、取隱(とりかく)し置くものならん。かく妖怪を不切殺(きりころさず)ば、追(おつ)ては不念(ぶねん)になりて其身の果(はて)ともなるべきと、皆々恐れ合(あひ)ぬとなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:なし。ここから三話連続で本格狐狸怪異譚となる。

・「熊本城」「細川越中守」熊本藩主細川家は第二代忠興(ただおき)以降、越中守を名乗っており、特定は出来ないが、特に第三代当主細川綱利(寛永二〇(一六四三)年~正徳四(一七一四)年)は、大石良雄始め赤穂浪士十七人を預かり、その切腹まで立ち会って激しく共感した人物として知られる。本話の当主としては如何にもぴったりくるように私には思われる。因みに当代(「卷之九」の執筆推定下限は文化六(一八〇九)年夏)ならば、第八代細川斉茲(なりしげ)ではある。

・「不吟味」原義は、よく吟味しないこと。取り調べを十分にしないことの謂いであるが、ここは、藩主から武術を以って雇われし者が、自ら望んだる屋敷を、そのたかが妖しき怪異故に拝領を藩主がまた差し止めたとあっては、如何にも風聞が悪く、藩主自身の名誉に瑕疵を残すことになるという、実に明快なる論理である。

・「懇命」懇意にして親切なる仰せ。

・「拾間四方」一八・二メートル四方。百坪相当。この主人の屋敷は(私の感覚では)かなり広いことが分かる。

・「きやり」木遣り。大木などを多人数で音頭(おんど)をとりながら運ぶこと。

・「志願」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は『心願』とするのを訳では採った。

・「給(たべ)」は底本編者のルビ。

・「遖(あつぱれ)」は底本編者のルビ。

・「緞子」繻子織り(しゅすおり:経(たて)糸と緯(よこ)糸の交わる点を少なくして布面に経糸或いは緯糸のみが現われるように織ったもの。布面に縦又は横の浮きが密に並んで光沢が生すると同時に肌触りもよい高級織布。)の一つ。経繻子(たてしゅす)の地にその裏織り組んだ緯繻子(よこしゅす)によって文様を浮き表わした光沢のある絹織物。室町中期に中国から渡来した。「どん」「す」は孰れも唐音である。

・「刃氷玉ちるが如く」研ぎ澄まされた刀が輝くさまをいう。かつての活動写真の弁士が剣劇で常套句として用いた「抜けば玉散る氷の刃」と同じい。

・「ごうの義廣」底本では「ごう」の右に『(郷)』と補注する。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『郷の義弘』とし、実在の刀工としてはバークレー校版が正しい。こちらは話柄が怪異譚であるから実名から意図的にずらす意識的変字ともととれるが、現代語訳では実在する郷義弘(生没年不詳)で採った。以下、ウィキの「郷義弘」より引用する。『南北朝時代の越中の刀工。越中国新川郡松倉郷(現在の富山県魚津市)に住』んだが、実に二十七の若さで没したと伝えられる。『師は岡崎正宗または佐伯則重と云われ、「郷」と通称する(後世には「江」の字もあてられた)』。相州伝の流れを生んだ知られた名工『正宗十哲の一人であり、相州正宗、粟田口吉光とともに天下三作(豊臣秀吉による)と呼ばれるほど珍重され、各大名はこぞって手に入れたがった。しかし、義弘と在銘の作は皆無であり、鑑定家の本阿弥が極めをつけた代物、無銘であるが郷だろうと言われるものしか存在しない。また、作風が似た刀を本阿弥が郷に出世させたものもあるという。そのことから、「郷とお化けは見たことがない。」と言われるほどであった。ただし、これは存在を疑うものではなく、在銘品のないことを言ったまでである』。新刀期の名工長曽祢興里(ちょうそやおきさと。「虎徹(こてつ)」の名で知られる)が私淑したと言われ、『その作を狙った刀を打ち、井上真改、南紀重国など一流の刀工たちもこの作を写したりしており、後世に与えた影響は大きい』。『恐らく、全ての日本刀の中で最も入手困難なものの一つである。 国宝、重要文化財の刀がある』とあり、『義弘の現存作刀で在銘のものは皆無である』と注する。

・「不念」無念。不注意なこと。考えが足りないこと。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 熊本城内の狸の妖異の事

 

 熊本藩主細川越中守殿、在所に於いて、槍剣(そうけん)の名手を召し抱えられて御座ったが、その者に相応の長屋なんどを賜わんとされたものの、折から、手頃なる屋敷が、これ、見当たらず、

「ともかくも検分致いて相応の屋敷を見定め、拝領を願い出るように。」

と、細川殿より直々に、その当人及び職掌の役人へも申し渡いた。暫く致いて、主君より、かの屋敷の話は如何なった、と、じかにお糺しがあった。

 されば、本人より、

「家作(かさく)も分相応のものと存じ、しかも、屋敷も我らが格式より広き所の、これ一軒、空いておりますを、見出しまして御座いますれば、お言葉に甘え、これを拝領致しとう存じまする。」

との言上で御座った。

 ところが、担当の者がこの屋敷を確かめてみると、これが、訳ありの屋敷であることが分かった。

 老中その外の家臣一同、

「……かの屋敷は、これ、前々より……その、怪異の御座いまするところの、いわくつきのものにて。……ことにそこに住んでおりましたる者には、これ、悉く、異変の御座いましたによって。お畏れながら、その儀はお差し止めになられたが、よろしゅう御座いまする。」

としきり申し上げた。

 ところがその家士の方は、その話を伝え聴くや、

「某(それがし)は外の用にて召し抱えられたる者にては、これ、御座ない。まさに武術の見所ありと賜わってこそ御抱えに相い成ったる者。かようなる怪異あるとの儀を承っては、なおのこと、それに対し、御辞退を願い出づるなどと申すことは、これ、あってはならざることじゃ。それは我が身の問題どころでは、これ、御座ない。御主君の不名誉の一つともなろうずると存じますればこそ、是非ともその屋敷の拝領を、曲げて、お願い申し上げとう、存じ奉りまする。」

と逆に懇請致いた。

 されば、細川殿もその謂いに感心なされ、謂うに任せて御許容が御座ったと申す。

 

 さても、決まったる日限(にちげん)に至って、家内の者を引き連れ、従者(ずさ)下男ども一同にて、かの屋敷へと引き移り、少しく荒れたる家屋の手入れなんども成して、かなり立派に普請の終って御座ったと申す。

 したが、これ、噂のような怪異は、一向に、御座ない。

 

 ところが、日数(ひかず)もよほど経った、ある夜(よ)のこと。

 深更に及び、かの屋敷の主人が私室へ、突如、一人の妖しき男が姿を現わした。

 男は締め切ったる部屋の、書見の灯しのもとに、忽然と座して御座ったが、主人は、これ、少しも騒がず、

「――おぬし。何者なれば、この深夜に、かくも奥向きの、この我らが部屋に参ったものか?」

と訊ねた。すると、

「……我らは……この屋敷に……年久しゅう……住む者にて御座る……が……御身(おんみ)が……こちらへ引き移られてよりこのかた……我ら……はなはだ居心地の悪しゅう御座って……難儀致いて御座る……」

と、如何にも常人ならば卒倒する亡者染みた蒼ざめたる顔にて、如何にも地の底から響く如(ごと)恨めし気なる言い方にて、呟いた。されど、主人は、

「――汝、何者なれば、かくなる理不尽をば申すものか?――定めし、狐狸の類いに違いあるまい。ここは我らが御主君より拝領の屋敷。なれば、今更、明け渡すことなど、成り難きものじゃ。――汝も年久しゅう住むとのことなれば、我ら並びに家内(いえうち)の者らの目に、見えぬように住まい致すならば、これ、勝手次第じゃ。――但し、もし、女子どもなどを脅かし、或いは人を誑かすことなど、あらば――これ――我、取り計い方の――ある――そう、覚えおくが、よい。」

と告げた。すると、男は、

「……畏まって御座いまする……」

と素直に応じ、そのまま部屋を出て行った。

 

 その後(のち)は、この男、折りにふれて、主人の前に現われ出でては、ご機嫌伺いなどと称して、普通に雑談なども致いて御座った。

 その相手する主人が声は、これ時に家内の者にも聴こえ、彼らは殊の外、奇異に感じ、恐れ戦いて御座ったが、主人はといえば、

「――何の。恐るる程にては、これ、なき輩(やから)じゃ。」

と、その後(にち)も常人と変わらざる挨拶など交わし、捨て置いたと申す。

 

 そうしてまた、かれこれ、半年も立った頃のことで御座った。

 かの者がまた来たった。このたびは、見れば、麻裃(あさがみしも)などを着し、平伏して、

「……このところ……いろいろと……真心の籠ったる寛大なる仰せを頂戴致いて……まっこと……忝(かたじけな)きことにて御座いまする……が……さても……恐縮乍ら……ここに一つの御願いの……これ……御座いまして……かく罷り越しまして御座いまする……」

と申す。

「――如何なることか?」

と質してみれば、

「……何卒……どうか……この御屋敷の端に……十間(じっけん)四方ほどの地所をお下し下さいませ……」

と申す。されば、

「――心得たによって、明日すぐに、適当なる地所を繩張り致しおくよう、申し付けおこうぞ。――その場所に普請致すはお手前、勝手次第じゃ。」

と即許致いた。されば、

「……忝(かたじけの)う存じまする……」

と額(ぬか)を畳みに摺らんばかりに平伏すると、また帰って行った。

 

 その翌日、屋敷の片隅に十間四方ほどの繩張りを致させたところ、その日の夜半には、木遣(きや)りの声なんどのして、まるで普請でも致すような雰囲気で御座ったれど、かと申して、その声のする辺りには、これ、明かり一つも見えず、家内の者ども皆、

「不思議なることじゃ……」

とこれまた、恐れ戦いて御座ったれど、主人はこれまた、平気の平左、

「――全く畜生たる狐狸の成すことに、過ぎん。」

とこれっぽちも気にかけることなく、打ち捨てておいたと申す。

 

 翌朝になって見ても、繩を張ったる辺りには、見た目は、何の変わりも御座らなんだ。

 

 しかるに、それから暫くしたある夜(よ)のこと、先前(さいぜん)の男が――このたびは立派なる大名駕籠に乗って、家来ども他、大勢の者を引き連れ、正門を通って屋敷を訪ねて参った。その出で立ちたるや、まっこと由々しく、またしても麻裃を着用、美々(びび)しきさまにて、玄関まで厳かに通り来たり、

 「……この間(かん)の御礼に罷り越して御座る……御目通り……相い願い上げ奉りまする……」

と中に通して参ったによって、相応の武家の格式に則っとり、座敷へと通し、対面(たいめ)致いた。

 すると、かの男は、

「……誠に年来の心願……御蔭さまにて……相い調え終え……有り難く存じ上げ申し上げまする……つきましては……何卒……私めが方(かた)へも……おみ足をお運び戴きまするように致しとう存じますれば……いや……勿論……御気遣いその他の儀は聊かも……これ……御無用にて御座いますれば……粗末なれど……御料理など差し上げとう存じまする……」

なんどと、殊勝なることを申し述べ、しかも家来の者に命じ、持参致いた菓子折なども差し出して御座った。

 されば、主人は、

「――実に念入りなる仕儀御礼、これはまた、却って忝(かたじけな)きことにて御座る。……されば、そうさ、来たる○月○日には、貴殿が屋敷を訪問致さんと存ずる。」

と、きっと約束して、帰した。

 家内にては、下々の者までも、

「……この折りには、きっと穢らわしき馬糞のようなるものなんどが、詰めおかれてあるに違いない!……」

などと申しては忌み恐れて御座ったれど、試みに開けさせて見るに、ちゃんとした御城下老舗の菓子やら、知られた何某(なにがし)本舗の製なる高級なる品々にして、これ、いささかも疑わしきところは御座らなんだ。実際、家来の者ども皆して、おっかなびっくり食べて見たところが、何のおかしなところものぅ、美味にして、右党(うとう)の老いたる家臣などは、

「これは! 確かに! かの御用達の老舗が銘菓に相違、御座らぬ!」

なんどと、真顔で太鼓判を押す始末で御座った。

 

 しかれども、家内の者らは一人残らず、〇月○日に、かの妖しき男が元へ主人の赴かんとするを諌め制止して御座ったれど、

「――心だにどっしりとさせておれば、如何なる変化(へんげ)も、これ、我らに何の害をか加うること、出来ようものか!」

と聴く耳持たず、結局、制止諫言をも全く用いず、その当日、屋敷の隅の、かの男に与えた地所へと参った。

――と――

何時の間にこんなものが、と吃驚するような大きなる玄関の如き建て物のあって、そこには沢山の、如何にも品を感じさする高価な手桶なんどまでも整然と並べ据えられて御座って、また、立派なる取り次ぎの者が、これ、合わせて三人も出で来て、恭しく彼を迎えると、座敷内へと案内(あない)致いた。

 導かれた客間は――これは随分と綺麗に建てられたる――相応に金のかかったる普請で御座った――まあ、かと申して――それほどだだっ広いと申すわけでも、これ、御座ない。

 ま、謂わば、まっこと、質素高雅なる趣き深き造りでは御座った。

 そこにて酒や吸い物などが出だされ、対する亭主――かの妖しき男――は、これ、殊の外、歓待の心の極みといったる体(てい)にして、

「……さても……これより……奥の勝手方(かってがた)へも……ずずいと……お入り戴きとう……存ずる……」

と申したによって、申すがまま、案内(あない)にまかせ、奥へと入った。

〔*根岸注:かの主人の後日談によれば、『…あの折り、ここより後は正直、化(ばか)されて御座ったようには思われましたな。…』とのことで御座った。〕

 そこからさらに奥庭内に開いたる廊下などを案内(あない)され、ずんずんと通り抜けてゆくと、またしても一つの建て物の座敷へと辿り着いて御座った。

 が、これがまあ――棟高く且つ広き――大きなる美しき豪華な――遖(あっぱ)れの住まいにして――そこにて、種々の料理が出だされ、手を尽くしたる馳走をなし呉れ、土産(みやげ)の菓子の折詰なんどまで含め、実に用意万端怠りなく饗応された上、帰ったと申す。

 さてもその日、自身の屋敷へと帰って、今日の夢の如き饗宴のあらましを、家人らに語ってみたものが、相変わらず、土産の贅沢なる折詰には、いよいよ、婦女子ら揃って恐れ戦き合(お)うて御座った。されどやはり、口にして見れば、貰い来ったそのままに、馬糞にも何にも、変化(へんげ)致すこと、これ、なければ、恐る恐る食うては、秘かに舌鼓を打って御座った。

 そうしたさまを笑みを浮かべて黙って見ていた主人は、

『……まあ……たしかに不審なことばかりではあったが……凡そ、この女子どもと同じく……他人に語っても、これ、容易には信じて貰えるような話では、ない、のぅ……』

と独りごち、やはり、そのままにうち過ごして御座ったと申す。

 

 それから、四、五日ばかり過ぎてのこと、例の男が、またしても供廻りを大勢引き連れ、またまた麻裃を着して来たり、

「……この間(あいだ)の御来訪……まことに……嬉しゅう存じましたれば……このたびは……お出で戴いたるその御礼がために……罷り出でまして御座いまする……」

と申したによって、取り敢えず、座敷へと通しおいた。

 しかしこのたびは、考えのあって、蔭にて家来をこっそりと呼びつけ、

「……よいか。……かの怪しげなる供廻りの者どもにも、注意を怠らぬように! 皆のものに、異変あらば、しかじかの仕儀を成すよう告げおけ! よいな?!」

と密かに申しつけておいた。

 麻裃を着したる男は、

「……この間は忝(かたじけな)くも御来臨を賜わりまして有り難く存じまする……」

と慇懃に再礼成した後、

「……誠に……あなたさまの……深く高き御厚恩(ごこうおん)に……謝(しゃ)するには……これ……術(すべ)も所も御座いませぬ……なんぞ……御礼申し上げずんばならずと心づきましたれば……我らが家に……古えより……もち伝わったるところの……一太刀(ひとたち)……これ……御座いますれば……これを……あなたさまに……ご献上申し上げとぅ存ずる……」

と恭しく礼拝した。主人は、

「――それは忝(かたじけな)くは存じ候えども、貴殿の伝家の宝刀となれば――それはそれ、そこもとの宝で御座る。――それは凡そ、無益なる心遣いというもので御座るぞ。」

と辞退致いた。

 ところが、男は、

「……我らが折角の志し……にて御座いますば……どうか……」

と食い下がって参り、すぐに家臣風の者を呼び、刀箱(かたなばこ)を取り寄せると、緞子(どんす)の袋に入ったる刀を取り出だし、主人に徐ろに差し出だいた。

 されば、仕方なく、主人はそれを受け取って、

「――ともかくも――まずは一覧させて貰おうかの。」

と、その刀を静かに抜き放って改め見たところが、

「ウム!!」

――まことに

――抜けば玉散る氷の刃(やいば)

「……これは――郷義弘(ごうのよしひろ)――とお見受け致す。」

と、しきりに相槌を打っては、感嘆賞美(しょうび)せんとする振りをしつつ

〔*根岸注:『…いや、半ばはまことに感心致いて御座った…』(主人後日談より)〕

その瞬間! かの男を、その郷義弘(ごうのよしひろ)の太刀を以って!

――バラリ! ズン!

一刀両断に切りつけた。

「わつ!」

と一声挙げて、男はその場に倒れる。

 この物音を聴きつけた、供(とも)をして参った眷属どもは、これ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去らんとする。

 それをそこら中に潜み構えて御座ったこの家(や)の家来や門弟どもが、屋敷裏手の藪や前栽(せんざい)の後ろから踊り出で、捕り押えんとする。……と……

――散り散りに逃げる武士どもの顔が……

――尖がって鬚がわっと生え

――尻のあたりに……

――もっこり尻尾が飛び出でて

――遂には皆々

――一人、いやいや、一匹残らず

――四つん這いの狸そのものとなって

――衣服から抜け出でては逃げ去って行く……

……後には、殻になったる麻裃が、地べたに、だらしのぅ、累々と、横たわって御座ったと申す。

 

 かくして、すぐに役人へも申し立てたれば、早速、役方の面々が、惨劇のあったこの屋敷へと検分に参ったが、主人が斬り殺したる先前の男は、これ、未だにやはり、切り殺されたるままに形を変えず、人のまま座敷に横たわって御座った。

 しかれども、この死にたる男、検分役に参ったる御役人連中も口を揃えて、

「……御家中の見知れる者の中には、このようなる者は、御座らぬ。……家来風の輩(やから)が、妖しき形を現わして、散り散りに逃げ去ったと申さるる上は……そうじゃ。老いたる狸の類いは、これ、直ぐには姿を現わさぬものじゃと、よう、話に聞いて御座る。されば、今、少し……」

と、今暫く、遺体を庭に引き下ろして曝しおいたところが……

……やはり

……その日の黄昏(たそがれ)時には

……すっかり

……狸の姿を現わして

……畜生の亡骸を

……そこに横たえて御座ったと申す。……

 

 さてもそれより、検分役の者らが、かの主人に、かの妖しき御殿での饗応を始めとして、いろいろと質してみたところが……

……かの折りに出でたと申す料理や折詰と申すは、これ――当日、御城厨房方へ申しつけられた、追加の膳と命ぜられたものして、怪しくもその当日に、その出来上がった追加の分のみが、何処かへ行方知れずと相い成ったなったもの――いや、そもそもが追加も折詰も、これ、奥方よりは注文して御座らなんだとも申す――まあ、それと全く同じ品で御座ったことが判明した……。

……また、かの男の住居と思うて御座った場所は、主人の証言より――お城の中の、二の丸に御座る部屋――とそっくりであることが、これも分かって御座った。……

……そうして――かの郷義弘(ごうのよしひろ)の名刀――これも、何と、藩主細川家の宝蔵(ほうぞう)に、大切に保管されて御座った名品にて、先の夏の土用干しの折りなんどにでも、どうも、こっそり奪い取ってどこぞへ隠しおいておいたものであろう、との結論に達して御座った。

 ともかくも、かくも、この妖怪を斬り殺さずにおいたとならば、以上みたような、あらゆる場面に於いて、結果して重大なる不注意を生じさせ、あらゆる人々が、いろいろなる責任不行き届きの処分を下され、遂には、何人もの者が、あたら、命を落とすこととともなったに違いないと、皆々、恐れ合(お)うたと、申したということで御座る。

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