杉田久女句集 322 杉田久女句集未収録作品 ⅩⅩⅧ 昭和八年(全)
昭和八(一九三三)年
温室(むろ)の戸を流るゝ露や萵苣(ちさ)そだつ
[やぶちゃん注:キク目キク科アキノノゲシ属チシャ
Lactuca sativa はレタスのこと。]
かやむらを飛出す鳥や堤やく
春の風邪臥すにもあらずいつまでも
三方にもえ咲く筒やアマリリス
きよらかにすみて子の無し雛の前
甘酒をわかし我まつ母やさし
つれづれの雛つくりす母手まめ
[やぶちゃん注:「つれづれ」の後半は底本では踊り字「〲」。]
ふところに入れし文あり春の徑
雛かざる娘の遊學はなほ許りず
[やぶちゃん注:次女光子さんである。東京の女子美術専門学校(現在の女子美術大学)に合格しても、それでも夫宇内はなかなかそれを許さなかったのである。「ゆりず」は「許りず」で下二段活用「許る」は、許される・許可が下りるの意味の古語である。]
鳳蝶の陽を照りかへす瑠璃翅かな
[やぶちゃん注:「鳳蝶」は「あげは(でふ/ちょう)」のことであるが、ここは下五の「瑠璃翅(るりし)」からも「ほうてふ」と音読みしているであろう。]
高みより水に降り來る藤しづか
春の帶むすびかへゐる芝生かな
紅つつじ椽に坐れば照るおもひ
花散らす椽端の風雨猛り來れ
寶塚にて
並び聽く母耳うとし遠河鹿
月涼し四方の水田の歌蛙
於遠賀堤
水上の英彦は白し若葉つむ
沙羅の花降り來る鐘をつきにけり
[やぶちゃん注:「沙羅の花」ツバキ目ツバキ科ナツツバキ
Stewartia pseudocamellia 。グーグル画像検索「夏椿の花」。仏教の聖樹娑羅樹に擬せられて多くの寺院に植えられているが、あれは熱帯性のアオイ目フタバガキ科 Shorea 属サラソウジュ Shorea robusta で全くの別物である。]
鳴りひびく鐘も供養や沙羅の花
鐘つくや四方にわきたつ雲の峰
« 杉田久女句集 321 杉田久女句集未収録作品 ⅩⅩⅦ 昭和七年(全) | トップページ | 尾形龜之助「明るい夜」 心朽窩主人・矢口七十七中文訳 »