尾形龜之助「夜がさみしい」 心朽窩主人・矢口七十七中文訳
夜がさみしい
眠れないので夜が更ける
私は電燈をつけたまゝ仰向けになつて寢床に入つてゐる
電車の音が遠くから聞えてくると急に夜が糸のやうに細長くなつて
その端に電車がゆはへついてゐる
[注:「ゆはへついて」はママ。]
夜 很寂寞
因为我睡不着,所以 夜 深
开着电灯 我在被窝里仰着躺
从远方传来了电车的声音,夜 就一下子变成像一根线一样的细长条
电车 被系在 夜 的一端 ……
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矢口七十七/摄
* * *
[心朽窩主人注:共訳者である矢口七十七氏は中国語に堪能な北京在住の日本人である。彼はこの詩に添えた写真を胡同を彷徨いつつ撮った。とある居住区の守衛室の前の壁面に取り付けられていた電球が彼を捕えた。
彼が夢中でシャッターを押していると、中から咎めるような目つきの守衛の老人が出てきて、何をしているのだと彼に問いかけた。
彼は思いっきりの笑顔を見せて、電球を指さしながら答えた。
――お爺さん、この電球を見てください。今では珍しい白熱灯ではないですか。目につくのは蛍光灯ばかりで面白くないと思っていたところ、この白熱灯が眼に入ったので、思わず撮影させてもらったんです。本当に素敵です。お爺さんはどう思われますか?――
すると、その老人は途端に相好を崩し、彼に言った。
――おお、君の言うとおりだ。昔はこんな電球ばかりだったのにねえ。君は若いのに珍しい人だ。こんな何でもないことに気づくなんて。もしかしたら君は北京の土地っ子ではないね? 都会の者はとうの昔にこういうものの良さを感じなくなってるからね。どうぞ、どうぞ、好きなだけ撮影していきなさい。――
……私は添える写真を検討するために、先ほど受け取った消息の中の、このしみじみとしたエピソードをどこか羨ましさをさえ感じつつ読んだ。……このお爺さんは彼を日本人だとは思わなかったのだ……彼の心に繋がる沢山の人々が「そこ」にはいるのだなぁ……と――]