杉田久女句集 309 杉田久女句集未収録作品 ⅩⅤ 大正八年(3)
月光つゝむ木立の霧となりにけり
茶釜上げて唐黍やく火搔きにけり
子等まつやたうもろこしを燒く板間
竈燃すや黍畠翔る蝶くろし
秋雨や母を乘せたる幌車
藪の端に露乾き咲く野菊かな
朝寒のそでなし探す行李かな
秋夕や氣をひきたてて厨事
夜寒さや艫聲きゝつつ厨事
コスモスに障子貼りかへて厨明し
コスモスに俎干して垣低し
湯ざめせる足冷かに板間ふむ
秋雨や文よみさして竈のふち
まはり來て秋日すぐ消(け)ぬ厨窓
一つとりて針さして見ぬ鍋の栗
夜寒の灯橋渡る見し外厠
狐火の如く岨行く灯を見たり
幼時追懷
狐火におとなしく怖き父と寂し
打ち上げて忽ち氷る藻なりけり
水鳥に枯蓮皆折るゝ氷かな
氷る底に紅うごいたる金魚かな
折れて惜しむ手馴れの針を供養かな
一間ふさぎて料理並べある寒さかな
送り膳に灯して行きし霜夜かな
[やぶちゃん注:「送り膳」法事などの供応の席に欠席した人に出席した人と同じ料理を送り届けること。また、その料理を指す。当初、私は、この場に出られなかったのは筆者の親しい既にこの世にない故人ではあるまいか? などと読んだが、すると「行きし」の語彙が定まらぬ感じがした。これは霜夜に言葉通りの送り膳を届ける実景と一応はとっておく。]
枯木はづし來て干大根土間にあり
すべき事皆をへし厨や除夜の鐘

