杉田久女句集 317 杉田久女句集未収録作品 ⅩⅩⅢ 昭和三年(全)
昭和三(一九二八)年
松の内こもりくらして雪とけず
足袋白き婢のたちゐかな松の内
寒菊や身をいたはりて厨事
水仙や小家ながらも靑疊
如月の海をわたりし句會かな
[やぶちゃん注:同年二月の句会は年譜では『二月五日、若松俳句会(若松市本町ひさや旅館)。嫩葉会第九回句会。一方亭惜春会』とある孰れかか。小倉からなら若松へは洞海湾を渡る。]
二ン月や芝生のざぼん落ちしまゝ
[やぶちゃん注:「二ン月」は「にんがつ」と読み、俳句でしか見られない用法である。「日本国語大辞典」には「にんがち」として二月の転訛した語というのが古語として載るが、これ辺りをもとに音数律に合わせるため、恣意的に転訛して拵えた語のように思われる。]
春寒やうすみどりもえ廣野みち
莖立に曇り日ながら散歩かな
[やぶちゃん注:「莖立」は「くきたち(だち)/くくたち(だち)」と読み、春三、四月頃に大根や蕪などの菜が茎を伸ばすことをいう語で、その伸びた茎が、「とうが立つ」の薹(とう)に当たる。]
春もはや牡丹櫻の落花かな
大いなる古蚊帳吊りて槐宿
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「槐」は「ゑんじゆ」と読み、マメ目マメ科マメ亜科エンジュ Styphnolobium japonicum である。巨木の槐の木蔭にある老舗の宿の景か。いや、これは自宅をかく称しているようにも見える。]
靑蘆や萬葉遠賀の古江道
[やぶちゃん注:底本の表記は「青芦」「万葉」。]
歸省子に師を招びまつる夕べかな
[やぶちゃん注:老婆心乍ら、「招びまつる」は「よびまつる」。この「歸省子」は長女昌子さんか。]
唐黍や子らすこやかに夫の留守
新涼の草しきふせり靑瓢
葉ごもりの靑いちぢくや秋涼し
壺ながら緣の日あてる野菊かな
熊本水前寺にて
絵簾のかたはずれして泉殿
[やぶちゃん注:同年年譜によればこの夏に熊本へ旅している。]
草堤鯊釣る母に從へり
晩涼や月今のぼる庭木立
小萩原下りくる杣を見上げけり
りんどうや莊園にしてすその原
俳信のくる日こぬ日やむかご垣
とざしある花見の亭やかへり花
むかご蔓こぼれつくしてきばみけり
松風や病養ふ桐火桶
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