杉田久女句集 316 杉田久女句集未収録作品 ⅩⅩⅡ 昭和二年(全)
昭和二(一九二七)年
松籟やこもりなれたる冬座敷
灯ともして雛守る子や宵の尼
厨事すみし婢も居ぬ雛の前
燭とれば雛の影皆移りけり
蜆籠舳におかれ人あらず
大地うつ雨久しけれ瓢苗
海峽の潮こく榮えし幟かな
若あしやうたかた堰を逆流れ
朝涼や芝刈見守る老守衞
苫かけて舳高さよ若葉雨
三日月や槐若葉の雨露しきり
葦葺の簷の厚さよ若楓
昃り去る雲の靜かや牡丹園
[やぶちゃん注:「昃り」は「かげり」と読む。]
花茄子や名もなき妻とこもりすむ
夏の夜や月に干衣の玉雫
夏の夜やいでゆ泊りのただ一人
葉鷄頭や紅まえそめて露しとゞ
[やぶちゃん注:底本、「まえ」の右に『(ママ)』注記を施す。]
夏祭渡御の舳をつらねたり
高原の干草いきれ星あかく
銀漢や芝生の映画人だかり
大阪の母滯在
夕顏や灯とほく母とねころびて
温泉の宿や夜明の靑嶺蚊帳ごし
[やぶちゃん注:上五は「でゆのやどや」と読んでいるものと推測する。]
吹きとほす月の蚊帳や濱館
[やぶちゃん注:個人的に好きな句である。]
蚊帳をすくさ靑き灯かな戲曲よむ
[やぶちゃん注:個人的に好きな句である。]
小萩野や峰を下りる雲の影
海廊や紅葉しそめし蔦柱
りんどうの濃るり輝く岩根かな
雨冷の俄か障子や葉鷄頭
稻妻のはためきうつる芙蓉かな
冬籠る有髮の僧や子澤山