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2015/01/02

耳嚢 巻之九 狐に被欺て漁魚を失ふ事

 狐に被欺て漁魚を失ふ事

 

 大久保原町(はらまち)に肴商ふ瀧介といえるものありしが、或夜目白下水神橋の下へ、友どち兩人連れにて鱣(うなぎ)を釣に出しに、思ひしよりも得もの多(おほく)、兩人共畚(ふご)一盃(いつぱい)になりしかば、最早歸らんと瀧介申(あうし)けれども、連れの男、今少しと得物に耽りて手間取(てまどる)内、水神橋の上を、若き女あわたゞしく跡へ行(ゆき)先へ行、幾邊ともなく往來せる間、有樣を見るに渠(かれ)は必定(ひつじやう)身投(みなげ)なるべし、止(とど)めとらせんと、兩人ながら陸(をか)へ上り扨彼(かの)女を呼懸(よびか)け、御身いかなればかく往來し給ふと尋(たづね)しに、彼(かの)女恥しげに答へけるは、我等は繼母の憎しみを請(うけ)、殊に思ふ男にも添(そひ)候事ならざれば身を投(なげ)死(しな)んと思ふなり、留(とどめ)させ給ひそと、泣々答へければ頻りに不便(ふびん)に思ひて、繼母のいきどふりは我等侘(わび)なして可濟(すむべし)、思ふ男も能(よき)に取計(とりはから)ひかたあるべしと、達(たつ)て止(とど)めければ、忝(かたじけなき)由にて少し許容の體(てい)なりけるゆゑ、さらば御身の住家(すみか)はいづくなるぞ、おくらむといふまゝ、不遠(とほからざる)由にて、先に立(たち)待合(まちあひ)する體(てい)故、片へに置し畚(ふご)釣道具を尋(たづね)、持歸(もちかえ)らむとて右畚(ふご)を見しに畚には獲(え)もの一つもなし。兩人とも同樣なれば、驚きて彼(かの)女を尋(たづぬ)るに行方(ゆくへ)なし。全(まつたく)狐に誑(たぶ)らかされしならん、おしき事と、かの瀧介我知れるもとに來りてかたりけるとぞ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:狐狸らしき獣による凶宅譚から妖狐譚で直連関。底本の鈴木氏注に、経世論家で海防の充実を主張する軍事書「海国兵談」の著者として知られる林子平が体験した類似譚譚その他の引用が載るので、以下の示しておく。『三村翁曰く、「林子平、釣の帰りに或寺内を通りぬけんとして、三門を仰ぎしに大なる女の首ありて、ゲラゲラと笑ふ様物凄し、必定狐狸の業よと打笑ひ、門をくゞりて行けば、その首あとより逐ひ来りて、腰のあたりへ喰ひつくを、うるさしとて、もぎとり投げつけて行くに、あとよりあとより首いくつとなく飛び来りて、腰に縋る故、もぎすてもぎすてやがて寺をぬけて、心づけば、いつの間にか腰につけたる魚を入れしびくも無かりし由。又、或男釣の帰りに、さる小橋を渡りて、不図見れば、大なる鯰、泥にや酔ける、捕へ得べき様なれば、立寄り見しに橋の下へ入りぬ、覗き見れば、確にそこにひそみぬ、さらばと釣道具を置きて、小川に下り立ち、橋の下を見れば、鯰はいづ方へ行きしや、見えず、つまらぬ顔して、上りて来つれば、そこへ置きし魚籠いつか空しくなりぬとぞ。」』。

・「狐に被欺て漁魚を失ふ事」「狐(きつね)に被欺(あざむかれ)て漁魚(れふぎよ)を失(うしな)ふ事(こと)」と読む。

・「大久保原町」牛込原町。現在の新宿区原町(はらまち)。都営大江戸線の牛込柳町(やなぎちょう)駅周辺とその西方一帯。根岸の屋敷があった現在の千代田区神田駿河台一丁目からここまでは直線距離で三・五キロメートルほどで、根岸の家が彼を鮮魚仕入れの御用達としていた可能性もないとは言えない。

・「目白下水神橋」江戸切絵図を見るに、これは八幡宮水神社及び水神別当の東南の角で神田川に架かる駒塚橋(古くは駒留橋と呼んだ)のことを指しているように読める。

・「鱣」音は「セン」「廣漢和辭典」の「鱣」の項には「一」として〔①こいの一種。②大魚の名かじきに似て、肉は黄色。〕の他に「二」として、即ち中国での意義の一つとして〔魚の名。うなぎに似た淡水魚。=うみへび⇒鱓。〕というウナギみたような淡水魚でウミヘビだあ、という意味不明の記述が見られる。「鱓」は音「せん」又は「ぜん」で、前掲の「鱧」(ヤツメウナギ)の注でも示したとおり、現在、一般には硬骨魚綱ウナギ目ウツボ亜目ウツボ科 Muraenidaeのウツボ類を指す字としても用いられ、国字としては食品のカタクチイワシの干物を謂う「ごまめ」の字でもある。但し、「白鱓」と書くとウナギを指すと思われる。この漢字につき、博物学的に興味のある方は私の電子テクスト寺島良安「和漢三才圖會 卷第五十 魚類 河湖無鱗魚」で「鱣」及び「鱓」「鰻」で検索を掛けられたい。ゴッソリ網に掛かりますぞ!

・「畚(ふご)」原義は、物を運搬するために用いる竹や藁で編んだ籠(かご)・モッコを指すが、特に釣った魚を入れるための籠・魚籠(びく)をも指す。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 狐に欺(あざむ)かれて漁(すなど)ったる鰻を失(うしの)うた事

 

 大久保原町(はらまち)にて魚を商(あきの)う瀧介(たきすけ)と申す者が御座るが、ある夜(よ)、目白下水神橋(めじろしたすいじんばし)の下へ、友だちと二人連れにて鰻を釣りに出たと申す。

 意想外に獲物が多く、二人孰れの魚籠(びく)も鰻で溢れんばかりとなったによって、瀧介は、

「最早、充分じゃ。帰(けえ)るとしようぜ。」

と相方へと声をかけたが、連れの男は、滅多にない入れ食いに興奮致いて、

「――今、少し!」

と釣竿に執心し、重い腰をなかなか上げようとはせなんだ。

 すると上(うえ)つ方の水神橋の上を、若き女の慌ただしく走る軽き下駄の音が、瀧介の耳に入って御座った。

 暗ければ、はっきりとは見えぬが、その音は、あっち岸(がし)へ走っては止まり、また、こっち岸(がし)へと未練がましき感じで立ち戻るので御座った。

 それはまさに、何か心に惑うことのあって、行ったり来たり、幾遍ともなく往復致いて御座る気配を伝えおったよって、その様子をつくづく見る内、二人して、

「あの女子(おなご)は必定(ひつじょう)、身投げしようとしてるんじゃねえかい?!」「そうじゃ! おい! こりゃ、止(と)めにゃ、なんねえぞッ!」

と言い合って、魚籠(びく)や釣り道具を抱えると、急いで二人して堤を走り登り、

「――お女中!!」

とかの女へ呼び懸た。

「……おまいさんは……いったい、何だって、そう……橋の上を行ったり来たりしてるんでえ?」

と質いたところが、その女、如何にも恥しげな様にて、

「……妾(わらわ)は……継母(ままはは)の……いわれなき憎しみを……身に受け……また……ことに……心より思うておりまするところの……男(おのこ)とも……これ……添い遂ぐること……とてものことに……出来そうも……御座いませぬ……されば……いっそ……ここより……身(みい)を投げて……死なんずらんと……思うておるので御座いまする……さればこそ……どうか……お留(とど)めなさいまする……な……」

と、泣く泣く、ぽっつらぽっつら答えたればこそ、瀧介と相方は、聴けば、如何にも不憫なことと思うて、互いに、

「……継母の憤りなんてぇもんは、よ……まあ、なんだ! おいらが、その継母とかいう女の話を聴いて、詫びるところがありゃあ、その場でおいらもおまいさんと一緒になって詫びてやろうじゃねえかい!……」

「……そうよ!……その思う男(おのこ)と添い遂げるなんてことも、よ。これ、幾らでも、よきに計らう仕方の、これ、あろうってもんよ! おいらに、まかしときない!」

などと威勢のいいことを言い、頻りに入水(じゅすい)を思い留めさせんとしたところ、

「……なんと……見ず知らずの殿方たちにもかかわらず……忝(かたじけな)きこと……ありがたきことにて……御座いまする……」

と、幾分、彼らの言葉を聴き入れんとする、落ち着いたる感じに見えたによって、

「――そんなら、ともかくよ! おまえさんの住まいは何処(どこ)じゃ? もうすっかり暗(くろ)うなったし、そのむごい継母とかいう女、これそいつの出方次第じゃ、きつく談判もしようほどに!……さ! 送ったるで!」

と声をかけると、

「……へえ……ここからそう遠くは……御座いませぬ……」

と言うて、すっと先に立って行き、少し隔てたところにて二人を待っておる気配なれば、瀧介と相方は、橋の袂の傍らへ置きおいたる魚籠(びく)と釣り道具のところへと参り、それらを持って行かんとしたが……

……瀧介……

……己れの魚籠(びく)を覗いて見たところが……

……魚籠内(うち)には……

……溢れんばかりに入って御座ったはずの獲物の鰻……

……これ……

……一匹も……

――おらずなっておる!

 驚いて、相方へと声を掛ければ、同じく、

「わ、儂の魚籠が! か、空、じゃあぁ~~~!」

と叫んだ。

 そこでふと、かの待っておるはず女の方(かた)を見てみてみれば……

……これ……

……姿形……

……忽然と……

……消えて御座った。…………

 

「……いや! ほんによう! 全くもって! 狐に誑(たぶら)かされたんでえ! あん畜生め! 悔しくって! 悔しくって! なんねえわい!……」
 
と、その瀧介が、私の知れる者の元へやって参り、一頻り息巻いて語ったということで御座ったよ。

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