やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅲ ■3 推定「第二號册子」(Ⅰ) 頁1~12
以降は、抹消表示の取り消し線の関係上、ブログに移すのに細部補正が必要となるので、少し公開に間隙が生ずることを御寛恕願いたい。
しかしこの電子化は、ネット上では未だ嘗て誰もやっていない試みであろうとは存ずる――
*
■3 芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯「澄江堂遺珠」に於いて佐藤春夫が「第二號册子」と呼称するものと同一のノート(若しくはその一部)
[やぶちゃん注:底本(岩波版新全集の『「澄江堂遺珠」関連資料』。但し、恣意的に正字化した)の頁番号を踏襲したが、後の「■4」のノートのページ番号と区別するために【頁1】という風にした。取り消し線(例:「雨空の」)は抹消を、ブログでは機能制限の関係上、斜体取り消し線(例:「煙る岩根に水苔の/靑むをたれかとどむべき」)は複数行纏めた全体抹消を(斜線等によって抹消されたものと思われる)、取り消し線と下線を持つものはその全体若しくは部分の抹消に先だって抹消されたものを示す(例:「淸水は落ちて煙りけりるなり」は最初に「淸水は落ちて煙りけり」と書いて、その後「淸水は落ちて煙るなり」と訂したが、結局抹消――この場合は斜体なので前後を含めて全体を抹消――したことを意味する)。取り消しを意味する線の間に半角空欄を持つものはその抹消が個別であることを意味する(例:「たかまきすてし
はつはつききしまだちりがてぬ曼珠沙華」は最初に「たかまきすてし」と書いたが、抹消して「はつはつききし」としたが、それも抹消して「まだちりがてぬ」として決定稿を「まだちりがてぬ曼珠沙華」としたことを意味する)。]
【頁1】
牡丹洞主
村田牡丹洞
牡丹洞
[やぶちゃん注:編者注によれば、以上の三行についてはノートを逆さまにして『天地逆』にして記載している旨の注記がここに入っている。
この「村田」という人の姓のようなものは一見、私は即座に「上海游記」に登場する大阪毎日新聞社記者村田孜郎(むらたしろう ?~昭和二〇(一九四五)年)を連想した。中国滞在中の芥川の世話役で当時は上海支局長あった。烏江と号し、演劇関係に造詣が深く、大正八(一九一九)年刊の「支那劇と梅蘭芳」や「宋美齢」などの著作がある。後に東京日日新聞東亜課長・読売新聞東亜部長を歴任、上海で客死した人物であるが、この「牡丹洞」という雅号は如何にも中国好みなのである。これ以上の確証が得られないのが悔しいのであるが、私は一つの直感としてこれは彼のことではないかと強く疑っている。]
風にゆらげる蘆の葉の
わがおもひいつかははてむ
夕空にうかぶ靑山(あをやま)
こひらぎ
煞
秋風秋雨愁殺人
麥 秀
げんげ野に羊雨空を仰ぎ
松江の塔が見ゆる麥の穗のび
菜たね莢になりる水牛の鼻さき
石橋に草生ゆる雨空の
農人農人行かんともせず
そらまめ花さく中の墓なり
籐むしろの腰かけに足冷ゆる春雨
[やぶちゃん注:ここに空白一頁がある旨、注がある。]
【頁2】
夕風にふかるるレエス
窓ぎはの
ほのめくは
ほのめくはレエスのかなた
[やぶちゃん注:ここに空白一頁がある旨、注がある。]
【頁3】
泥濁る水べのやなぎ
ほのぼのと芽をはくもとに
草をはむつがひの羊
びんがしの空に
雨はやみたる麥畑
【頁4】
×
夜はの川べに來てみれば
ほのかに靑き
水(ミ)のもをこむる霧の中
花火は空に消えゆけり
われらが戀もかくやらむ
×
涅槃のおん眼ほのぼのと
とざさせ給ふ夜半にも
悲しきものは釋迦如來
邪淫の戒を説き給ふ
【頁5】
×
人を殺せどあきたらぬ
妬み心も今ぞ知る
赤き光にとぶ蠅も
日頃は打つにうきものを
×
松葉牡丹をむしりつつ
人殺さむと思ひけり
光あまねき晝なれど
女ゆゑにはすべもなや
×
西の田のもにふる時雨
東に澄める町の空
ふたつ心のすべなさは
人間のみと思ひきや
【頁6】
[やぶちゃん注:ここに芥川龍之介のカット(描画図不詳)がある旨、注がある。]
×
沙羅のみづ枝に花さけば
うつつにあらぬ薄明り
けなばけぬべきなか空に
かなしき人の眼ぞ見ゆる
×
晝の曇りにしんしんと
石菖の葉はむれらだてり
ばり
晝の曇りにしんしんと
痛む心を心は今日も痛みつつ
痛む心はも堪へがたし
【頁7】
海べを行けば
山べを行けば岩が板に
何時しか苔も靑みけり
日かげに煙る淸水にも
何かは人のなつかしき
煙る岩根に水苔の
靑むをたれかとどむべき
山べを行けば春の日に
淸水は落ちて煙りけりるなり
淸水は落つる岩根さへ
煙り渡れる岩が板に
苔
【頁8】
月
悲しき人の
月の中なる山のかげ
月はまどかに照らせども
悲しきものはほの暗き
月の中なる山のかげ
月の
王桂英
王鳳瑛
[やぶちゃん注:最後の二つの名は龍之介の中国行の折りに逢った芸妓の名のメモランダか? ここに芥川龍之介のカット(描画図不詳)がある旨、注がある。]
繡
【頁9】
[やぶちゃん注:ここに芥川龍之介のカット(描画図不詳)がある旨、注がある。]
【頁10】
[やぶちゃん注:ここに芥川龍之介のカット(描画図不詳)がある旨、注がある。]
【頁11】
戀とは
君はよ
夕と
ゆうべとなれば藤の花
われは知らねども
藤水
ひとをおもへば
日
戀
いとしさのみぞまさりける
戀とはわれ
水にに
藤の花房ながながと
月夜
水
雨にぬれたる鼻珠沙華
きみ
戀とはわれも知られねども
水脈の光のひとすぢに
いとしさのみぞまさりける
鷗
戀とはしらねども
衣衫 裳 繡衣 餠乾 餠乾 餠乾
[やぶちゃん注:中国での単語のメモランダと思われる。「衣衫」(いさん)は中国音「yīshān」で一重の上着、転じて広く衣裳・服装の意、「繡衣」は美しい刺繡を施した衣服、「餠乾」は 「bǐnggān」でビスケットやクッキーのことを指す。ここに空白一頁がある旨、注がある。]
【頁12】
春さりくれば
山べを行けば春の日に
淸水は煙落る岩が根も
いつしか苔に煙るになり
山べを行けば春の日に
淸水は煙る岩が根も
いつしか苔にすてむなり
月はまどかに照らせども
悲しきものはほの暗き
月の中なる山のがけ
君が心の も
見じとはすれど見ゆるなる
[やぶちゃん注:底本では「君が心の」の後に『〔この部分空白〕』と編者注が入る。何字分かは不詳。取り敢えず『〔この部分空白〕』相当分を入れた。以下、同様の箇所は同じ仕儀を施した。以下この注は略す。]