春ぞなかなかに悲しき 朱淑眞作 佐藤春夫訳
春ぞなかなかに悲しき
滿眼春光色色新
花紅柳綠總關情
欲將鬱結心頭事
付與黄鸝叫幾聲
朱淑眞
まばゆき春のなかなかに
花もやなぎもなやましや
むすぼほれたるわが胸に
啼けうぐひすよ 幾聲に
※
朱淑眞 十一世紀初頭。宋朝。海寧の人である。幼少の時に兩親を失い充分に夫を擇ぶこともし得なかった。市井の民家に嫁して無知凡庸な夫を持ったことを常に歎き、吟咏(ぎんえい)によって胸中の憂悶を洩した。その詩詞集は斷腸集と呼ばれ、前集十一卷後集七卷があるが、その中には胸中の不平抑えがたいものが屢々(しばしば)現われ風雅と稱するには激越にすぎたものも見える。詩藁(しこう)も沒後夫の父母によって焚かれたものの一部分が遺ったのを、好事者が顏色如花命如秋葉その薄命を憐れむの餘りにこれを編んだものだと傳えている。彼女は朱文公の姪だという説もあるけれども、朱子は新安の人で海寧に兄弟が居たということは聞かないから、多分後人が彼女を飾るための僞説だろうと言われる。とにかく生涯はあまり明かではないらしい。ハイネの小曲に、「胸中の戀情は夜鶯の聲となる」という意を咏じたものがあったと思うが、ここに掲げた絶句は正に同工異曲である。
※
【二〇二三年六月八日追記】本日、正規表現版で仕切り直したので、そちらを見られたい。
« ただ若き日を惜め 杜秋娘作 佐藤春夫訳 | トップページ | 日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十六章 長崎と鹿児島とへ 鹿児島の印象 »