やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅴ ■4 推定「第三號册子」(Ⅰ) 頁1~2
■4 芥川龍之介遺著・佐藤春夫纂輯「澄江堂遺珠」に於いて佐藤春夫が「第三號册子」と呼称するものと同一のノート(若しくはその一部)
[やぶちゃん注:底本(岩波版新全集の『「澄江堂遺珠」関連資料』。但し、恣意的に正字化した)の頁番号を踏襲したが、前の「■3」のノートのページ番号と区別するために《頁1》という風にした。]
《頁1》
時 雨
西の田のもにふる時雨
東に澄める町のそら
二つ心のすべなさは
人間のみと思ひきや
[やぶちゃん注:これは「■1」の二番目の同題の一篇、
西の田の面(も)にふる時雨
東に澄める町の空
二つ心のすべなさは
人間のみと思ひきや
時雨
と、「田の面(も)」が「田のも」に、「空」が「そら」になっているという二箇所の表記が異なるだけで、相同の詩篇と言ってよい。]
沙羅の花
沙羅のみづ枝に花さけば
うつつにあらぬ薄明り
消なば消ぬべきなか空に
悲しき人の眼ぞ見ゆる
[やぶちゃん注:これも「■1」の三番目の同題の一篇、
沙羅のみづ枝に花さけば
うつつにあらぬ薄明り
消なば消ぬべきなか空に
かなしきひとの眼ぞ見ゆる
沙羅の花
と、「かなしき」が「悲しき」になっているという表記が一箇所異なるだけで、相同の詩篇と言ってよい。]
花 火
夜半の川べに來て見れば
水のもをこむる霧のなか
花火は空に消えにけり
われらが末もかくやらむ
[やぶちゃん注:これは、「■3」の、【頁4】に、
夜はの川べに來てみれば
ほのかに靑き
水(ミ)のもをこむる霧の中
花火は空に消えゆけり
われらが戀もかくやらむ
と相似形の句である。削除部分がないことから、こちらの方が後の推敲形であろうか。「夜は」が「夜半」に、「みれば」が「見れば」になっていること、「水」にルビを持たないこと、最も大きな違いは最終行の「戀」が「末」と変えられて、「消えゆ」く「花火」が完全な「戀」の隠喩として隠されてある点である。]
惡 念
松葉牡丹をむしりつつ
人殺さむと思ひけり
《頁2》
光まばゆき晝なれど
女ゆゑにはすべもなや
[やぶちゃん注:これも「■1」の八番目の同題の一篇、
松葉牡丹をむしりつつ
ひと殺さむと思ひけり
光まばゆき晝なれど
女ゆゑにはすべもなや
惡念
と、「ひと殺さむ」が「人殺さむ」になっているという表記が一箇所異なるだけで、相同の詩篇と言ってよい。]
夕
廢れし路をさまようぞ
光は草に消え行けり
けものめきたる欲念に
悸ぢしは何時の夢ならむ
[やぶちゃん注:これは「■1」の一番目の「心境」という一篇、
廢れし路をさまよへば
光は草に消え行けり
けものめきたる欲念に
怯ぢしは何時の夢ならむ
心境
と酷似した相似形の一篇である。最も大きな違いはロケーションのリアルな「夕」(「ゆふべ」と読ませていよう)から心象風景に創り変えた「心境」という題名変更及び一行目の「さまよへば」が「さまようぞ」と裁ち切られている点で(これは音律からも内在律的からもよろしくないと私は思う)、「悸ぢし」が「怯ぢし」になっている(孰れも「おぢし」と訓辞じているものと思われる)点である。]
涅槃のおん眼ほのぼのと
とざさせ給ふ夜半にも
悲しきものは釋迦如來
邪淫の戒を説き給ふ
[やぶちゃん注:これも「■1」の十番目の「佛」と題する一篇、
涅槃のおん眼ほのぼのと
とざさせ給ふ夜半にも
かなしきものは釋迦如來
邪淫の戒を説き給ふ
佛
と、題の有無及び「かなしき」が「悲しき」になっているという表記が一箇所異なるだけで、相同の詩篇と言ってよい。]
遠田の蛙聲やめば
いくたび■よはの汽車路に
命すてむと思ひけむ
わが夫はわれにうかりけり
[やぶちゃん注:「■」は底本には『一字不明』とあるもの。音数律から「□」ではなく「■」とした。この一篇は、「■2」に、
遠田の蛙聲やめば
いくたびよはの汽車路に
命すてむと思ひけむ
わが夫(せ)はわれにうかりけり
として生きた一篇として載ってしまっている問題の一篇である。何が問題なのか?――それは実に大問題なのである! これは「澄江堂遺珠」にも載らない一篇である。現存する「澄江堂遺珠」関連資料の中に、他に生きた詩篇としてこの文字列と同じものを見出せない――ということは――とりもなおさず、「■2」の堀辰雄編集になる「未定詩稿」なるものには、堀辰雄によって、芥川龍之介が抹消した部分さえ蘇生させ、不当にして恣意的に、復元或いは捏造してしまった詩篇が混じっていることの明白な証左となるから――である。亡き詩人が抹消した部分を生きた詩篇として何のコメントもなしに復元して発表するというのは私は立派な《捏造》であると考える人間である。――]
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