日本その日その日 E.S.モース(石川欣一訳) 第十七章 南方の旅 熊本県令富岡敬明とともに漁師の小屋で昼飯をいただくモース
雨は終日降り続き、我々は濡れて泥にまみれた。正午、我々は急いで食事するために、仕事をやめた。車夫達は弁当を持って来ていた。つめたい飯と梅干と、それから恐くは例の醬油をつけた僅かな生魚とであろう。我々はどっちかというと貧しい漁師の家を見つけ、謙譲に飯を乞うた。すると漁師と彼の妻は丁寧に、そして取乱したような所はすこしも無く、我々の為に何か食う物――それは色の黒い飯と骨のような固い小さな乾魚何匹かとであった――を仕度し始めた。彼等は知事という高貴な人の存在を意識し、また彼等の屋根の下に「外夷」を入れたことは一度も無いのだが、食事の貧しいことに就て奴隷的な申訳をいったりせず、単純な品位を以て、款待ということが必要とする所を行った。知事の態度は精麗そのものであった。彼はこの貧しい食物を如何にもうまそうに食い、お辞儀されれば必ずお辞儀しかえした。私は彼がこの簡単な食事を明瞭に楽しむことによって、これ等の貧しい人々を欣喜させたやり方を、如何に描写してよいか、その言葉を見出すことが出来ぬ。彼は皇帝から、山海の珍味を以てもてなされたとしても、この時よりも力強く、鑑賞と感謝とを表すことは出来なかったであろう。
[やぶちゃん注:私はこのシークエンスが殊の外、好きだ。……篠突く雨の音――炊ける飯の湯気――香ばしい干魚の焼ける匂い……そして――この富岡敬明の誠実な日本人の姿と――それに心を動かされて、筆舌に尽くし難い感動を以って凝っとその人々を見つめている異邦人モースと……こんな古き良き美しき日本の時間は……一体……何処へ……消え去ってしまったのだろう……
「外夷」原文“outside barbarian”。
「精麗」見馴れない熟語である。原文は“simply exquisite”であるから、混じりっ気のない優雅さ、若しくは、すこぶる絶妙、の謂い。この熟語は、澄みきった素朴な美しい誠意に満ちていることを謂うか。]
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