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2015/01/11

耳嚢 巻之九 膽太き女の事

 膽太き女の事

 

 鎗劍(さうけん)の師範をなす吉田某かたりけるは、當春上州産のよし、十八九の女子(をなご)を抱(かかへ)けるに、見付(みつき)は甚(はなはだ)柔和なるものなりしが、上州を出(いで)しは、隱し夫(づま)を拵へ、右夫(つま)江戸へ出(いで)候由を聞(きき)て親元を駈落(かけおち)して、風呂敷に着替(きがへ)と鏡一面を包み、夜に紛れて在所を出て夜通し道中なしけるに、いづくにて有(あり)しや、壹人の盜賊立出(たちい)で、汝其風呂敷包を差置(さしおき)、着類(ちやくるい)も可渡(わたすべし)と申(まうし)ければ、彼(かの)女是を聞て、包は可渡、着類は女の事なればゆるし給へと申ければ、此盜賊如何(いかが)思ひけん、其乞(こひ)に應じ立別(たちわか)れしが、立歸りて猶(なほ)又盜賊に向ひ、ひとつの願ひあり、風呂敷の内にちいさき鏡あり、衣類はまいらすべけれど、右鏡は親のかたみなれば、何卒給はるべし、御身のもとにありて、賣代(うりしろ)なしても纔(わづ)かの價ひなるべしと申ければ、尤(もつとも)とや思ひけん、右鏡を取出(とりいだ)して女にあたへしに、忝(かたじけなき)由厚く禮をのべ、彼盜賊こゞむ所を右鏡を以て眉間(みけん)を打(うち)ければ、あつといふて手をあげる所を、たゝみかけて打けるゆゑ盜賊はたをれし故、包共(とも)取(とり)て足にまかせて御當地へ出しと語りけるゆゑ、汝は遖(あつぱれ)の豪傑なり、我武藝の師範なせど、かゝる手柄をきかずといひしかば、夫(それ)に乘(のり)けるや、私在所を出(いで)候節、鎌を一丁持出可申(もちだしまうすべし)と思ひしが、急(いそい)で取落(とりおと)しぬと云しゆゑ、夫(それ)は道中の用心なるやと尋(たづね)しに、跡より親はらから追駈來(おひかけきた)る事あらば足をもなぐべきといゝしに、吉田も大(おほき)に驚き、怖敷(おそろしき)心底の者と見限り、早々いとまを出しけるとかたりぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:生首を蹴っ飛ばしそうな勘弁の女傑から、両親の脚も鎌で薙ぐ鬼畜系烈女で直連関。

・「當春」「卷之九」の執筆推定下限は文化六(一八〇九)年夏。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 胆(きも)太き女の事

 

 槍剣術(そうけんじゅつ)師範をなしおる吉田某が語った。

   *   *   *

……今年、文化六年の春のことで御座った。何でも、上州生まれの由にて、十八九の女子(をなご)を下女として抱えたので御座るが、見た目は、これ、如何にも柔和にして素朴なる田舎娘で御座った。

 ところが、いろいろと訊ねてみたところが……

   *

……私が上州を出でたのは……その、実は……間男を拵えましたのが、そもそもの始まりで御座います。……その出来た男が、ある時、一旗揚げんと、急に江戸へ向かったと聴きました。……そしたら、居ても立ってもおられずなりましての。……江戸の男の元へ行こうと、親元を、これ、独りで駈け落ちしました。……風呂敷に着替えと鏡一面を包み、夜(よる)に紛れて在所を出で、夜通し江戸へと街道を急ぎました。……どの辺りで御座いましたか……闇の中、一人の盜人(ぬすっと)が、私の目の前に飛び出だいて参りました。……そうして、

「……お女中よォ――おめえさんの、その風呂敷包み――それ、ここへ置きない。……それからその着物(べべ)もよ、こっちへ渡しな!」

と凄んで申しました。されば、私は、これに、

「……包みはお渡ししましょう。……なれど……着衣は、これ、女の身なれば……どうか、お許し下さりませ。」

と切に請いましたところ、その盜人(ぬすっと)は、何をどう思ったものか、私のその乞うたのに応じて、風呂敷包みばかりを奪ったなり、そのまま何もされることものぅ、私は走って逃げることが出来たので御座います。

 しかしその時、闇の中を走りながら、ふと心に思うことのありましたによって、私は、また踵(きびす)を返し、その盗人(ぬすっと)の元へと立ち戻ると、なおもまた、その盗人に向って、

「……御免なさいませ。……どうしても、一つだけお願いが御座います。……その……風呂敷の内には、これ、小さな鏡が、入っておりまする。……一緒に包(くる)んであります衣類は、これはもう、あなたさまに差し上げまする。……なれど、その鏡は……これ、親の片身の品なればこそ……どうか! 何卒、頂戴致しとう存じます。……おん身の手元にあったとしても、安物の小さき手鏡なれば、お売りになられたと致しましても、僅かな値にしかなりそうにもな、つまらぬものにて御座いますれば……」

と申しましたところが、盗人は、尤もなこととでも思うたものか、その鏡を風呂敷より取り出だいて、私に渡しました。

「忝(かたじけの)う御座いまする!」

と、厚く礼を述べまして、何度も何度も、頭を下げました。

 その頭を下げては上げた――何度目か――何か、恥ずかしがりでもするかのように……その盗人(ぬすっと)が……顔を伏せて微笑み……風呂敷包みをやおら包み直そうとしゃがんで……私から眼を離した――その時で御座います。――そこに生まれた盗人めの油断を――これ、私は見逃しませんでした。……盗人が何かへらへらとした阿呆面(あほうづら)にて……ふっと……私を見上げた……その瞬間――

――私は右手に握った鉄の鏡を以って

――盗人の眉間(みけん)をしたたかに打ったので御座います。……

 その下らぬ奴は、

「あッツ!」

と言うて、男が顔を防がんと手を挙げるより早いか、さらに顔面を畳かけ、鏡にて連打致いたので御座います。……打ち下ろした数は……さて……もう覚えてはおりませぬ。……

 気がつくとその男は、

――顔中

――ぬらぬらと

――血だらけになって

――道に斃れておりました。

……されば、下に置かれてあった私の風呂敷包みもともに取り返しまして……そのまま……足にまかせて……こちら……御当地へと着きましたる……次第にて……御座います。……

   *   *

 などと、その娘の語って御座ったゆえ、拙者、思わず、

「……な、汝は遖(あつぱ)れの豪傑なるぞ! 我ら、武芸の師範を致いておれど、そのようなる巧みな仕儀と手柄は、これ、未だ嘗て聴いたことがないわ!」

と褒めてしもうたところが、それに気を良くしたものか、また、さらに……

   *

……私が在所を出奔致しました折り、鎌を一挺(ちょう)持ち出しとう存じましたが、ついつい、急いでおりましたによって、道すがら、その鎌、落してしまいましたのが災いとなりましたのですなあ。……

   *   *

と付け加えたによって、拙者が、

「……それは……まさに、かような道中の危難の用心のためで御座ったのじゃな?」

と訊いたところが……

   *

……おほほ!……いいぇえ! ほれ、後より田舎の親兄弟(はらから)どもが、駆け落ちと知って追い駈けてくるようなこともあろうかと存じましての。……もし、そのようなことのあらば、その連中の足を、その鎌で、横払いに、思いきりずたずたに薙ぎ切ってやろうと思うての手ことで御座いましたの……

   *   *

と応えて御座った。

 それを聴いて我ら、大きに驚き、

『――この女子(おなご)――可愛い顔して――いや! そら怖ろしき――心底の者じゃ!』と、流石に見限ぎりましてな、早々に暇(いと)ま出だいて、出て行ってもろうたので御座いまする。……

   *   *   *

と、吉田殿の語って御座った。

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