耳嚢 巻之九 蛇物を追ふて身を損ずる事 但強勇の者諸邪害をなさゞる事
蛇物を追ふて身を損ずる事 但強勇の者諸邪害をなさゞる事
同寮水野物語りけるは、同人が知行に強氣の農民ありしが、或時道の邊(べ)にて、蛇の蛙を呑みけるを見て無理に敲放(たたきはな)し、彼(かの)蛙は傍(かた)へなりける水草(みづくさ)の内へ放しけるに、蛇怒りけるや、首を擧(あげ)て彼(かの)ものに迎ひけるゆゑ、木切(きぎれ)を以(もつて)追ひけれど不退(しりぞかず)、彌(いよいよ)頭をもたげ追ひ來るゆゑ、捕へて口を引裂(ひきさ)き捨(すて)けるに、右の蛇、石原(いしはら)を暫(しばらく)追ひ來りし故や、腹はことごとく裂けけるを、傍(そば)なる人怖しき執心といゝしを、彼男何ぞ小蟲の執心有(ある)べきとて、其肉を煮てくらひしに、胸の脇ことごとく痛みはれければ、何でうの事有べしとて、灸を夥敷(おびただしく)すへて膏藥など打(うち)しが、日あらずして快氣なしけるとなり。
□やぶちゃん注
○前項連関:なし。私には道成寺の清姫伝説が髣髴とした。
怪物を逐(お)ふて身を損ずる事 但(ただし)強勇(がうき)の者諸邪も害をなさゞる事
となっている(読みは歴史的仮名遣に変えた)。実はこの方が、話柄としては自然で「但」の意もしっくりくる。
・「水野」底本の鈴木氏注に、『同寮は同僚の当字。水野若狭守忠道であろう。文化三年十二同七年十二月まで勘定奉行を勤めた。この時期には根岸は町奉行で、勘定奉行としては先輩。(水野は町奉行には就任せず)』とある。岩波版長谷川氏注もこれを踏襲して『水野忠道(ただゆき)』と注するが、しかし寛政八(一七九六)年から二年間日光奉行を勤めた人物に水野忠道なる名を見出せるものの(事蹟未詳)、勘定奉行には「水野忠道」はいない。そうして鈴木氏のいう就任期間に相当する勘定奉行に、まさに水野若狭守忠通(ただゆき)がいることが分かる(ブログ「水野氏史研究会」の「江戸幕府幕閣・幕臣水野氏在職表」中に、彼は旗本で水野勝成四男勝忠の嫡男勝岑(かつみね)の曾孫に当たるとある)。この鈴木・長谷川注の「水野忠道」は「水野忠通」である(かく名乗った時期があったのかも知れないが、孰れにせよ、多くのデータでは「忠道」ではなく「忠通」である以上、これは訂するべきと私は考える)。また、これより前の直近話柄を調べると「水野」姓では「耳嚢 巻之八 すあまの事」にまさに水野若狭守忠通がいる。彼は根岸の情報源と考えてよく、本巻の先行作「蚫和らか煮の事」の「水野氏」も同人と私は考えている。
・「迎ひ」底本では「迎」の右に『(向)』と訂正注がある。
■やぶちゃん現代語訳
蛇の執拗(しゅうね)く相手を追って逆に身を損じたる事
附けたり
強勇の者には諸々の邪気も徹底した害を成すこと能わざると申す事
同僚の水野忠通(ただゆき)殿の物語って御座った。
同人の知行地に剛毅(ごうき)の農民のあったが、ある時、道端をふと見れば、小川の中にて、蛇(ながむし)が、これ、大きなる蛙を丸呑みせんとするところであったと申す。
されば、ふと、情けの起って、この蛇を棒きれで叩いて、蛙を放させ、その蛙はこれ、傍(かた)えにあった水草(みずくさ)の内へと放ってやったと申す。……
すると、この蛇(ながむし)、これ、餌食を奪われてはなはだ怒ったものか、鎌首を擡(もた)げ、かの農夫に向って参った。
されば、今度は太き木端(こっぱ)を以ってこれを追い払わんと致いたが、この蛇(ながむし)、
――目を皓々と耀かせ!
――執拗(しゅうね)くねめつけ!
――一向退かんともせず!
――逆に!
――いよいよ! その三角の頭(かしら)を擡(もた)げ、農夫を狙って追いかけて参ったと。
それを見た農夫は、これも……畜生の分際にて、たかが蛙一匹に、かくも執着致すとは、如何にもおぞましき奴じゃ!……と思ったか思わなかったか……はなはだ腹の立って参ったによって、今度は素手にて、そ奴を摑み捕え、その顎の上下を左右の手で摑むと、思いっきり引き裂いて、河原へ、ぶん投げた。
頸根っこ辺りまで二、三寸は裂いたれば、最早、息も絶えんと思うてその場を立ち去って御座ったが……
――豈図らんや!
――しかもなお且つ!
――この蛇(ながむし)
――河原辺(べ)を
――さらに暫くの間
――未だ以って!
――農夫が後を
――追いかけて御座った!……
この時、この河原に、その農夫の馴染みの漁夫のあって、この一部始終を見て御座ったれど、その蛇(ながむし)は、
……口のすっかり裂けたるに……
……鋭(と)き石の散らばったる河原を……
……長い間、男を追いかけて参ったによって……
……その口の裂け目の……
……これ、さらに広ごり……
――腹の方まで
――ことごとく
――裂けおった――と申す。
さればその漁夫、
「……さても……恐ろしき!……あっ、執念じゃのぅ!…………」
と、これまた、歌舞伎みたようなる一声を、これ発して御座った。
ところが、それを聴いた、かの男、
「――何(なん)の! 小虫如きに! 執心なんどの、これ、あるもんけッツ!」
と、血と泥でダンダラの肉塊となり、既にして息絶えて御座った、その蛇(ながむし)をひょいと尻尾で取り上げ、そのままぶら下げて家へと戻ると、すぐ、その肉を鍋にて煮、ぺろりと一匹総て、食ってしもうたと申す。
……ところが、その夜(よ)のこと、この農夫、
――両の胸の脇の部分……
――これ……
――まるで何かに引き裂かれたかのように……
――ことごとく痛みだし……
――赤黒(ぐろお)う……
――あたかも……
――蛇の形に……
――これ……
――激しく腫れて御座った……
……ところが、
「――んなもん!――何んぼのもんじゃイ!」
と、翌朝、直ぐに、自ずとその患(わずろ)うた胸の脇に、夥しい量の灸をすえ打ったところが、二日と経たぬうち、これ、すっかり、快気致いたと申す。
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