萩原朔太郎 こゝろ (初出形)
こゝろ
こゝろをばなにゝたとへん
こゝろはあぢさゐの花
もゝいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて。
こゝろはまた夕闇の園生のふきあげ
音なき音のあゆむひゞきに
こゝろはひとつによりて悲しめども
かなしめどもあるかひなしや。
あゝこのこゝろをばなにゝたとへん
こゝろは二人の旅びと
されど道づれのたえて物言ふことなければ
わがこゝろはいつもかくさびしきなり。
[やぶちゃん注:大正二(一九一三)年五月号『朱欒』(第三巻第五号)の初出形。詩集「純情小曲集」に再録された。校訂本文及び詩集類及び通用する電子テクスト類では、第二連四行目末の句点が、総て五行目末「あゝこのこゝろをばなにゝたとへん。」と移動している。初出のそれは単なる誤植ではあろうが、初出形としてそのまま示した。]