耳嚢 巻之九 蟲毒を去る妙法の事
蟲毒を去る妙法の事
都(すべ)て何蟲によらず、さゝれし時、澁柿ころ柿をすり附(つく)れば、痛みかゆみを去る事奇妙なり。さゝれたるのみにもあらず、御先手(おさきて)森山源五郎方の中間酒を好み、醉興にや蛇を喰ひけるに、惣身腫れなやみけるに、或人ころ柿を進め喰(くは)せければ、即座に快験(くわいげん)ありしとなり。
□やぶちゃん注
○前項連関:民間療法シリーズと毒虫直連関。蛇は長虫(ながむし)と呼ばれ、立派な毒虫である。柿渋は古くから民間治療薬として知られ、特に山村や僻地に於いては家庭常備薬として重宝された。用法は飲用から塗付まで幅広く、服用薬としては高血圧・脳卒中などに、塗り薬としてはここに出る虫刺され以外にも、火傷や霜焼けの治療に利用された。
・「ころ柿」枯露柿。干し柿。
・「御先手」先手組。若年寄支配。有時には徳川家の先鋒足軽隊を勤め、徳川創成期には弓・鉄砲足軽を編制した部隊として合戦に参加したが、平時は江戸城に配置されてある各門の警備・将軍外出時の警護・江戸城下の治安維持等を担当した。
・「森山源五郎」底本鈴木氏注に、『孝盛。明和八年(三十四歳)家督。三百石廩米百俵。寛政六年御目付より御先鉄砲頭となる』とある。
・「蛇を喰ひけるに、惣身腫れなやみける」若し、原因が確かに蛇食にあるとすれば、マムシかヤマカガシかの有毒蛇を食べ、口腔内に傷があったか、飲食中に傷つけたかによって、当該有毒成分がそこから侵入して全身性の症状が発症したものと思われる。一番疑われるのは腎不全で、他にも例えばマムシ毒は筋肉融解症という、激しい筋肉の腫脹を伴う炎症を引き起こす。
・「快験」の「験」の字は底本のママ。
■やぶちゃん現代語訳
虫の毒を消し去る妙法の事
総て何虫によらず、刺され際には、渋柿や枯露(ころ)柿を、よくすり込んでおけば、痛みや痒みが消え去ること、これ奇々妙々なる由。
刺された場合のみではなく、例えば先年、御先手(おさきて)を勤めらるる森山源五郎殿の中間が、酒好きで度を過ごし、羽目を外してでもしもうたものか、こともあろうに生きた蛇を捕まえて参って、これをその場にて生裂きにし、しかもそのまま食うたところが、総身(そうみ)の腫れ上って、痛く苦しんだによって、ある者、それを聴くや、枯露柿を仰山に持ち来り、頻りに勧めて食わせたところ、これ、即座に恢復した、とのことで御座った。
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