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2015/01/11

耳嚢 巻之九 若松町化杏樹の事

 若松町化杏樹の事

 

 牛込と大久保の境、若松町(わかまつちやう)といえるあり。右組屋舖の邊に、何年ともなく年古き杏樹(いてふ)あり。或年、枝葉繁りて近邊の者日の當る事なきを愁ひける故、杣(そま)を入(いれ)候て枝をきらせけるに、中端に至りけると、如何せしや、事馴し杣なるが眞逆さまに落(おち)て大きに怪我をなしける由。枝によりては、血を出す事も有(あり)、或は烟の立登(たちのぼ)る抔有て、近邊にて化杏樹(ばけいてふ)ととなへ恐れあへる由。右組屋舖に住(すめ)る與力の語りける。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:なし。怪異都市伝説シリーズ。底本の鈴木氏注には、『明治になってからは稲荷の祠の社地となった。化け銀杏でなくて、実がならぬので馬鹿銀杏だなどといわれた』という、鈴木先生にしては珍しい、後日談のオチ附きの注である。

・「若松町」現在の東京都新宿区若松町。ウィキの「若松町」に、『新宿区のほぼ中央部に位置する。町域の北は喜久井町及び戸山、東は原町、南は河田町及び余丁町、西は新宿七丁目に接する。(地名はいずれも新宿区)南部を抜弁天通りが、地域北部を大久保通りが通っている。また北東部・原町との境界を夏目坂通りが通っている』。地名の由来は、『かつて当地の若松が江戸城に正月用の門松として献上されていたことからといわれている』とある。また古くは豊島郡牛込村であったが、宝永二(一七〇五)年に『江戸町奉行所の支配になり、牛込若松町が起立。商家のほかに武家屋敷などもあった。明治維新後、武家地等を併合』、明治九(一八七六)年には『三十人町・原町・市谷河田町の各一部を併合して町域が確定。大銀杏(賓祥寺一帯)・戸山前(総務省統計局一帯)・川向(東京女子医大一帯)という小字も存在していた』とある(下線やぶちゃん)。この新宿区若松町三八の一に現存する曹洞宗金谷山寶祥寺近くの小字の「大銀杏」というのが如何にもそれらしいが、どうも最早、存在しないようである。

・「組屋敷」与力組や同心組など、組に属する下級武士が居住していた屋敷地。単に「組」とも称した。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 若松町の化(ば)け杏樹(いちょう)の事

 

 牛込と大久保の境、若松町と申す所が御座る。

 ここにある組屋敷の辺りに、樹齢何百年とも知れぬ年古き銀杏(いちょう)の樹がある。

 ある年、枝葉(えだは)の繁りに繁ったによって、近隣のある者が、

「えらい、陽当たりが悪くなったじゃねえか。」

と気を遣って、自ずと木樵りを雇い入れ、枝打ちを命じた。

 ところが、木樵りが樹の中ほどまで登ったところが――一体、何事のあったものか――木登りならば朝飯前の如(ごと)馴れておるはずの、その木樵が、

――すってん! どう! ズン!

と、真っ逆さまに下に落ちて、これ、大怪我を致いたとのことで御座った。……

 この銀杏……

……樹下の枝によっては……剪ったそのそばから……たら~り……たらり……と……血を流すこともあり……

……あるいは……

……幹の股や瘤……洞(うろ)の辺りから……これ……妖しげな煙りのようなるものが……すう~っ……すう~っ……と……立ち昇登たりする……ことなんどの……たびたび御座ってからに……

 近辺にては、この樹を――化け杏樹(いちょう)――と称し、皆々、恐れ合って御座る由。

 その組屋敷に住もう知れる与力の、語って御座った。

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