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2015/01/13

耳嚢 巻之九 陣太鼓の事

  陣太鼓の事

 

 是も越後の者にて、在所にて身上(しんしやう)沒落して無據(よんどころなく)江戸へ出けるが、生業(なりわひ)にさし支(つかへ)、持來(もちきた)る道具類も不殘(もこらず)賣代(うりしろ)なし、殘る者は先祖より持傳へし陣太鼓一つ箱に入(いれ)ありしが、是は可賣請(うりこふべき)相手なきゆゑ哉(や)、持居(もちゐ)たりしを、或時張替(はりかへ)候て奇麗にもならば望むものも有(ある)べしと、太鼓張職人のもとへ持參(もちまゐり)、此太鼓を拵直(こしらへなほ)し賣拂(うりはら)ひ度(たし)と申ければ、彼(かの)亭主是を見て、これは一通(ひととほり)の道具にあらず、古へれきれきの人の所持と見へたり、しかれども我目には不及(およばず)、其の師匠の許へ參り給り候樣に申て同道致(いたす)。右師匠といえる其職の頭(かしら)なるや、立出(たちいで)て右太鼓一覽の處、是は世に二つ三つの古物(こぶつ)なり、拂ひ給ふや、持傳へ給ふならば祕藏なし給へといゝしが、我等先祖より傳へぬれど、段々不身上(ふしんしゃう)に成(なり)、持居たりとも其光輝もあらじ、依之(これによつて)拂ひ申度(まうしたき)旨申ければ、然る上は暫く待(まち)給へとて勝手へ入(いり)、金子貮百兩臺に乘せて、此太鼓の代り不足ながら進上申(しんじゃうまうす)由、申ければ、案外の事故、是程の謝禮に不及(およばざる)旨、申斷(まうしことわり)けれど、左(さ)な宜ひそ、古物にはかゝる事ありと鋲(びやう)を拔(ぬき)て、此通り金(きん)を埋(うずめ)て鋲を打(うち)候事なり、右金子にて不足なくば貰ひ請(うく)べきと答へしゆゑ、彼田舍人も右金子請取(うけとり)て、身上をもかためけると、或人の咄しけるなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:越後出の主人公で連関。展開の意外性という雰囲気から、前話と同じニュース・ソースの可能性が高そうな印象がある。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

  陣太鼓の事

 

 これも越後出身の者の話。

 在所にて、すっかり身上(しんしょう)を潰して没落、よんどころのぅ江戸へと出でたが、そこで始めた生業(なりわい)も上手く行かずなって、在所より持ち来ったる道具類もこれ、残らず売り代(しろ)となし果て、残りおるものと申せば、これ、ご先祖さまより家に伝えたる――箱入りの古びた陣太鼓一つ――となってしもうたと申す。

 こればかりは、物が物なれば、売ろうにもそれを求めん相手もなかったからか、結局、最後まで手元に置きおいて御座ったを、遂にある時、ほどのぅ食うにも困ろうかという体たらくと相い成ったによって、まずはともかくも、虫食いの穴の空いたる、ぼろぼろになって御座った太鼓の皮だけでも、とりあえず張り替えた上、少しでも見た目、綺麗な感じにもなさば、こげな物でも、望む者、これ、あるやも知れぬと、太鼓張りの職人が許へ持ち込み、

「……この太鼓……まんず、皮んとこだけでも、拵え直した上……その……買(こ)うてやろうと申す、奇特な御仁のあらるれば……どうか一つ、そのぅ……売り払いとう存ずる……」

と告げた。すると、そこの亭主、この陣太鼓を一目見るなり、

「――こ、これは!……一通りの御道具にては……こ、これ、御座らぬ。まずは……そうさ、古えの、名のある武将であられた御方の御所持なされた逸品と見えまする。……しかれども……我らのような凡愚には、とてものことに、鑑識の、これ、及ぶようなる御品にては御座らねば。……そうじゃ! 一つ、今より我らとともに、我が師匠の許へ参らるるがよろしい!……」

と切(せち)に慫慂致いたれば、そこへと同道致いた。

 さて、その師匠と申す御仁、これ――江戸の太鼓張り職人の名人にして、江戸の太鼓張りの同業者の、言わば頭(かしら)格とでも申すべき者であったものか――相応なる屋敷に住もうて御座ったが、話を聴くや、即座に出でて参り、その太鼓を一覧、すると、

「――こ、これは!――これは、世に二つ三つしか御座らぬ、名物の古物(こぶつ)じゃ!……こ、これを、何と!……売り払うとおっしゃらるるか? いやいや! 家伝の御品(おんしな)と承ればこそ、これ、大事大事に秘蔵なさるるに若くは御座いませぬ!」

と、思いもかけぬことを告げられた。されば、男は、

「……い、いや、その……我ら先祖より伝え持ったる家宝の品にては、これ、御座れど……そのぅ……近年、我らこと……言わば、だんだんに……言うところの、不身上(ふしんしょう)……その……何のかのと……そのぅ……所謂、立ち行かぬことの、多く御座っての……そのぅ……何で御座る……この陣太鼓を持ち守って御座ったとしても――うむ! そうさ、本来、この陣太鼓の持ったるところの栄えある光輝も、これ、あたら無駄になろうもの――と、感じて御座るによって、どうか一つ、望まるる御仁など、万一あらせらるるとならば、言い値にて売り払いとう、存じますれば……」

といったことを苦し紛れに申した。

 この男、かくも御大層なもの謂いをしつつも、その内心にては、

『……この話の塩梅じゃ、まんず、一月分位の食い扶持には……これ、当てらるる値(ねえ)には……なりそうじゃて……』

と、陣太鼓なればこそ、さもしい「皮」算用なんどを致いておったものらしい。

 すると、その頭(かしら)なる男は、

「……しかる上は……うむ!――しばらく! お待ち下されよ!」

と、何か堅く決した面持ちとなって、奥の勝手方へと入って行く。

 間もなく、頭、

――金子二百両

これ、進上に用うるところの台にまで載せ置き、うやうやしく男の前に差し出だすと、

「――この太鼓の代金と致しましては――これ――いささか不足では御座いまするが――今、手元にあって出だし得る金子は、これ、が総て――ともかくも、進上(しんじゃう)申し上ぐる――」

と申したによって、意想外のことなれば、男は思わず後ろ手を突き、

「……こ、これほどの……し、謝礼には……お、及びませ、せねば……」

と、小判の山を前に、あたかも贋物(がんぶつ)を見破られでも致いたかの如く、不思議なる臆病風の、これ、心うちを、がうがうと吹き荒んだればこそ、思わず、心にもなき固辞の詞を発してしもうたと申す。

 しかし頭(かしら)は、

「……そのようなことは仰せ下さいまするな。……古物(こぶつ)の陣太鼓には――よろしいか? 見てくれとは異なりましての。このような一面が、御座る。……」

と申すや、頭(かしら)は工具を手に、その陣太鼓の、面の縁のところの、皮の破れとれ、すっかり煤けて御座った鋲(びょう)の一本を抜き、その孔(あな)の中を男に見せた。

「――この通り――鋲の孔の内には金(きん)がみっちりと埋め込んで御座る。――まっこと、かくあればこそ、野にあっても町にあっても音のよう、響き渡るので御座る。――これぞ、まこと、この陣太鼓の文字通り――金色(こんじき)の光輝――と申せましょう!」

と語った。そうして徐ろに、

「……さても……この金子にて、もし不足御座らぬとならば……どうか一つ、この陣太鼓の名品、貰い受けとう存ずる。――」

と言うたによって、かの越後の田舎者は、全身震顫(しんせん)しつつ、金子を有り難く貰い受けると、何度も何度も平身低頭致いて、頭(かしら)の屋敷を後にしたと申す。

 後、この男は、この二百両を元手となしてまっとうなる商売を起こし、堅実なる身上(しんしょう)をも手に致いたと申す。

 これは、とある御仁の語ったる話で御座る。

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