澄江堂遺珠 裏表紙見開き
[やぶちゃん注:裏表紙見開き。順に右(遊び側)と左(効き紙側)。芥川龍之介の直筆詩稿である。裏表紙見開きであるが、表紙側と同じく芥川龍之介の直筆詩稿でありながら、しかもその表側のそれとは違う箇所であるから、敢えてここに配した。以下、直筆原稿を可能な限り、活字化してみる。
●右(遊び側) 部分
『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』の『頁36』稿と同一と思われる(岩波版新全集第二十三巻五八一~五八二頁)。
妬し妬しと
嵐は襲ふ松山に
松の叫ぶも興ありや
山はなだるる嵐雲
松をゆするもおもしろし興ありや
人を殺せどなほ飽かぬ
妬み心をもつ身にはに
妬み心になやみつつ
嵐の谷を行く身に
雲はなだるる峯々に
■■
昔めきたる竹むら多き瀟湘に
昔めきたる雨きけど
[やぶちゃん注:ここで下段にシフトしている。]
嵐は襲ふ松山に
松のさけぶも興ありや
妬し妬しと
峽をひとり行く身には
人を殺せどなほ飽かぬ
妬み心も今ぞ知る
をも知るときは
山にふとなだるる嵐雲
松をゆするも興ありや
『頁36』稿では「■■」抹消部分は『二字不明』とあるが、私には「生贄」と書いて抹消したかのように見える。また、下段の最初の「嵐は襲ふ松山に/松のさけぶも興ありや/妬し妬しと/峽をひとり行く身には」は『頁36』稿では生きているが、明らかに一気に斜線を三本も引いて抹消していることが分かる。
●左(効き紙側)部分
前の稿の続き。『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』の『頁37』稿と同一と思われる(岩波版新全集第二十三巻五八二~五八三頁)。
竹むら多き瀟湘に
夕の雨ぞ
■
大竹むらの雨の音
思ふ今は
幽かにひと■
夜半は風なき窓のへに
薔薇は
■古き都は來て見れば靑々と
穗麥ばかりぞなびきたる
朝燒け
[やぶちゃん注:ここで下段にシフトしている。]
古き都に來て見れば
路も
幽かにひとり眠てあらむ
わが急がする驢馬の上
穗麥のがくれに朝燒くるけし
ひがしの空ぞわすられね
ひがしの空は赤々と
朝燒けし
『頁37』稿では、私が判読不能とした抹消字三字は存在しないことになっている。]