やぶちゃん版「澄江堂遺珠」関係原資料集成Ⅵ ■4 推定「第三號册子」(Ⅹ) 頁42~頁46
《頁42》
ひとをころせどなほあかぬ
ねたみごころもいまぞ知る
いづことわかぬ靄の中
かそけき月によはよはと
啼きづる山羊の聲聞けば
はろけき人ぞ戀ひがてぬ
遠き人こそ忘すられね
かそけき月によはよはと
山羊は啼き靄の
はろけき人をおもほへば
山羊の聲
(いづことわかぬ靄のなか
(かそけき月によはよはと
(啼きづる山羊の聲すなり
(山羊さへ妻を戀ふやらむ
《頁43》
(わが人戀ゆふる霧のなか
[やぶちゃん注:ここには特に編者によって、『この行は前頁から連續しており、これら全五行の上方には印あり』と注されてある。例の大きなスラーのような丸括弧であろうか? 試みに「(」を附して、ここのみ、《頁43》の前に空行を設けなかった。]
ひとをころせどなほあかぬ
ねたみごころもいまぞしる
垣にからめる薔薇の實も
いくつむしりてすてにけむ
(垣にからめる薔薇の實も
(いくつむしりて捨てにけむ
(ひとを殺せどなほあかぬ
(ねたみ心になやみつつ
に燃ゆる日 の燃ゆる日に堪ふる日は
[やぶちゃん注:ここにも編者によって『以上四行、上方に印あり』とあるので、試みに「(」を附した。]
夜毎にきみと眠るべき
男あらずばなぐさまむ
《頁44》
雪
ひとり山路を越え行けば
雪はかす幽かにつもるなり
ともに山路は越えずとも
ひとりぬ眠(いぬ)べききみ君ならば
[やぶちゃん注:「いぬ」は底本ではルビ。このルビは本冊子の中では特異点である。他には先行では《頁3》と《頁10》の「小翠花(シヤウスヰホア)」と後掲する《頁54》の「象(かたち)」にしか認められない。]
夜空
君
劉 園
人なき院にただひとり
古りたる岩を見て立てば
花木犀は見えねども
冷たき香こそ身にはしめ
《頁45》
ひとり山路を越え行けば
ひとり川べを見てあれば
雪は幽かにつもるなり
ともに川べは
ひとり眠ぬべき君ならば
ひとり山路を越え行けば
月は幽かに照らすなり
ともに山路は越えずとも
ひとり眠ぬべき君ならば
ひとり
雪は幽かにつもるなり
ともに
ひとり眠ぬべき君ならば
《頁46》
雨にぬれたる草紅葉
寂佗しき野路をわが行けば
かた か片山かひげにただふたり
住まむ藁家ぞ眼に見ゆる
[やぶちゃん注:「片山」の文字が出現するのには正直、私は激しく驚いている。しかも直前の《頁44》《頁45》の詩篇には「越ゆ」が合計五回出現している。周知の通り、龍之介は片山廣子のことを「越し人(びと)」と呼んでいた。私の電子テクスト「やぶちゃん編 芥川龍之介片山廣子関連書簡16通 附やぶちゃん注」及び芥川龍之介「越びと 旋頭歌二十五首」などを是非、参照されたい。]
老
われら老いなばともどもに
穗黄なる穗麥を刈り干さむ
われら老いなばともどももろともに
穗麥やもさわに刈り干さむ
われら老いなばともどもに
夢むは
穗麥刈り干す老ふたり
夢むは
穗麥刈り干す老ふたり
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