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2015/01/01

耳嚢 巻之九 上杉家明長屋怪異の事

 上杉家明長屋怪異の事

 

 上杉家の下屋鋪(しもやしき)や、又上屋敷や、名前も聞(きき)しが忘れたり。近頃事なりし由。交替の節にや、交代長屋も多く塞(ふさが)りしに、相應の役格(やくかく)の者、跡より登りて、其役相應の長屋無之(これなし)。一軒相應の明(あき)長屋あれども、右長屋住居(すまゐ)の者は色々異變ありて、或は自滅し又は身分難立(たちがたき)事抔出來て退身(たいしん)などするとて、誰(たれ)も住居せず、主人にも聞(きき)に入(いれ)候程の事なり。然るに右某は至(いたつ)て丈夫なりけるゆゑ、右長屋に住(すま)はん事を乞ひければ、其意に任せけるにさしてあやしき事もなかりしが、或夜壹人の翁出て、見臺(けんだい)にて書を見据たる前へ來りて着座なしけるを、ちらと見けれども一向に見向(みむき)もせず居(ゐ)たりし。飛(とび)も懸らむ體(てい)をなしけるゆゑとつて押(おさ)え、汝なに者なれば爰には來りしと申(まうし)ければ、我は此所に年久敷(ひさしく)住(すめ)るものなり、御身爰にあらば爲(ため)あしかりなんと云けるゆゑ、大きにあざ笑ひ、我は此長屋主人より給はりて住居なす、汝はいづ方よりの免(ゆる)しを請(うけ)て住居なすやと申ければ、其答に差(さし)つまりしや、眞平(まつぴら)ゆるし給へといふゆゑ、以來心得違不可致(いらいこころえちがいいたすべからず)とて膝をゆるめければ、かき消して失(うせ)ぬ。扨日數二三日過(すぎ)て、屋鋪の目付役なる者兩人連(づれ)にて來り、主人の仰(おほせ)を請(うけ)て來れり、面會可致(めんくわいいたすべき)旨ゆゑ、着用を改め其席へ出(いで)ければ、彼(かの)目付役申けるは、御自分事何々の不屆の筋御聞(おきき)に入(いり)、急度(きつと)も可被仰付候得共(おほせつけらるべくさふらえども)、自分存念(じぶんぞんねん)を以(もつて)、覺悟の儀は勝手次第の段、申渡(まうしわたし)ければ、委細の仰渡(おほせわたされ)の趣(おもむき)奉畏候(かしこまつてたてまつりさふらふ)、用意の内(うち)暫時御控可被下(おひかへくださるべき)旨申越(まうしこし)、勝手へ入(いり)て召仕(めしつかひ)へ申付(まうしつけ)、近邊に住居のものを急に呼寄(よびよせ)、密(ひそか)に彼(かの)目付役を爲覗(のぞかせ)しに、一向不見覺(みおぼぼえざる)ものゝ由ゆゑ、左こそ有(ある)べきと、召仕どもへも申含(まうしふくめ)、棒其外を爲持(もたせ)、爲立忍(たちしのばせ)、扨座敷へ出て、被仰渡(おほせわたされ)の趣畏(かしこま)り候間、切腹も可致候得(いたすべきさふらえ)ども、得と相考候得(あひかんがへさふらえ)ば、一向御尋(おたづね)の趣、身に覺へなき事なり、委細其筋へ申立候上(まうしたてさふらふうへ)、兎も角も可致(いたすべく)、然る處我等は御在所より出て各樣(かくさま)をも御見知不申(みしりまうさず)、御屋鋪内何方(いづかた)に住居有之(これあり)、何年勤(つとめ)られ候や抔と尋(たづね)ければ、我等主人の被仰渡(おほせわたされ)を以て、申渡(まうしわたし)に罷越候(まかりこしさふらふ)、餘事(よじ)の答に不及(およばざる)趣申(まうし)ける故、左あるべしと思ひて、當屋鋪案内の者も呼置(よびおき)たり、全(まつたく)紛者(まぎれもの)ゆるさじと、刀に手をかけければ、兩人ともうろたへて逃出(にげだ)せしを、拔打(ぬきうち)に切(きり)ければ手を負ながら形ちを顯はし逃去(にげさ)りしが、供のものをも、中間(ちうげん)抔棒を以(もつて)たゝき倒(たふ)しけるが、是もほうぼう逃去りける。此後はたえて右長屋に怪異絶けるとなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:宅妖二連発。これも狐狸の類いと思われる。

・「上杉家」米沢藩藩主上杉氏。出羽国置賜(おきたま)郡(現在の山形県東南部置賜地方)を治めた。藩庁は米沢城(現在の米沢市)。「卷之九」の執筆推定下限文化六(一八〇九)年夏当時の藩主は上杉斉定(なりさだ)。当時の石高は十五万石。

・「御自分」反照代名詞。二人称・三人称に用いて、その人自身を敬意を込めて指す。御自身。

・「自分存念」自分の判断。ここは自主的に罪を認めて自害をすることをいう。

・「紛者」不審者。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 上杉家の空き長屋の怪異の事

 

 上杉家の下屋敷(しもやしき)か上屋敷で御座ったか、話柄主人の名前も聞いて御座ったれど失念致いたが、ともかくも近頃起った事実との由。

 参勤交代の折りのことか、交代のための長屋も多くが塞がって御座ったに、相応の役格(やくかく)の者が少し遅れて江戸へ上って参り、その役職相応の長屋が、生憎、これ、御座らなんだ。

 正確に申せば、実は一軒だけ相応の空き長屋が、これ、あるにはあったが、この長屋、ここに住まい致す者は、必ずといって、いろいろな異変を体験し、ある者は意味不明の自殺を成したり、また、死なずとも、身分の立ち行かずなるなどして役職から退いたりするということにて、これ、誰(たれ)一人として住まいせず、空き家となって、藩主御自身の耳にも入り、

「仕方あるまい、空き家のままに捨ておけ。」

との命も下って御座った代物であった。

 ところが、この某(なにがし)は至って偉丈夫の武士(もののふ)で御座ったによって、その長屋に住まわんことを切に乞うたによって、藩主もその意に任せたと申す。

 

 移った当初は、さしてこれといって妖しきこともなかったが、暫く致いたある夜(よ)のことで御座った。

 一人の翁(おきな)がどこからともなく現われ出で、主人が書見台の書を見て御座ったその真ん前にやって来ると、その場へ音もなく顔をやや俯き加減に着座なして御座った。主人は騒ぐこともなく、徐ろに、ちらと眼をば向けたが、一向に見向きもせず座っておる。

 しかし、その体(てい)を見るや、今にも飛びかかってくる気配が体全体の緊張から感じられた。

 されば、主人は機先を制してぱっと飛びかかると、膝にて男の背を踏みとって押さえつけ、

「――汝――何者なれば、ここには来たるかッツ!」

と一喝した。

 すると、老人は、

「……我らはここに年久しゅう住める者じゃ……御身……ここにこのまま……かく住まい致さば……ために……悪(あ)しゅう御座るぞ……」

などとほざいたによって、大きに嘲(あざわら)い、

「我は、この長屋を藩主より賜わって住もうておるのじゃッツ! 汝は、何方(いずかた)の者より免(ゆる)しを請(こ)うて、ここに住まいなすかッツ?!」

と逆に糾いた。

 その答えにさし詰ったものか、老爺は、

「……ま、真っ平御免……お、お許し下されぇ……」

と悶え苦しんで請うたによって、

「――以後、心得違い致すでないぞッツ!」

と、念を押して膝を緩めた……と……

――一瞬にして、かき消え失せて御座ったと申す。

 

 さてもそれより日数(ひかず)にして、二、三日ほど過ぎた頃、屋敷の目付役と申す者が二人連れで参り、

「――藩主の仰せを請けて参上致いた。面会あれかし。」

と如何にも意気丈高に来意を告げた。

 藩主の命と聴けばこそ、着衣を改め、その席へと出でたところ、その目付役の申すことには、

「――貴殿が儀、何々につきて、これ、不届きの筋あり。それを御藩主、御耳に入らせられ、厳しき処分を仰せつけられて御座る。……なれど、御自身の存念(ぞんねん)を以って、覚悟の切腹を致す儀ならば、これ、勝手次第!――」

といった驚くべきことを申し渡されて御座った。

 しかし主人は、慌てず、

「――委細の仰せ渡されたるところの趣き、畏まって奉って御座る。――就いては、用意を致すによって――暫時、お控え下さるよう、お願い申し上ぐる。」

と応えて、勝手方へと参ると、召使って御座った者へ申しつけて、近辺に住まいする江戸詰の長き家士を急ぎ呼び寄せ、次の間より密かに、かの目付役らを覗かせたところが、

「いや、一向、見覚えなき人体(にんてい)にて御座る。」

とのことで御座ったによって、

「――やはり――そうであったかッツ!」

と、家来どもへも重々言い含め、棒その外をめいめいに持たせて、戸の後ろや前栽(せんざい)に立ち忍ばせておき、さても、主人は徐ろに座敷へと出でて、

「――仰せ渡されたるところの趣き、畏まってお請け申し上げたによって、切腹も致そうずと覚悟致いて御座る。――されど、とくと己れの身に引き合せて考えて御座ったところ、これ一向、貴殿らの御尋ねの趣きにつきては、身に覚え、これ、御座ない。委細につきてその筋へ申し立て致しましたる上、兎も角もどうにでも致そうずと思うて御座る。……時に……我らは御在所より江戸へ参ったばかりにして、ご貴殿らをも、これ、全く見知らざるによって、一つ伺いたいので御座るが……ご貴殿らは、御屋敷内(うち)の何方(いずかた)に住まいしておらるるか? また、何年、江戸詰めをお勤めなされて御座らるるか? また……」

と、矢継ぎ早に、糺いたところが、二人は、

「……わ、我ら藩主の仰せ渡されしことを以って……も、申し渡しに、これ……ま、罷り越こして……ご、御座った者じゃによって……そ、そのようなる……ほ、他の事につきては……こ、これ……こ、答えるには……お、及ばぬ!……」

といった苦し紛れを、どもりつつ申したによって、

『やはり! 怪しいッツ!』

と思い、

「――当屋敷の案内(あない)の者も呼びおいておるわッツ! 全く! 紛(まぎ)れ者じゃなッツ?! 許さんッツ!!」

と、刀に手をかけたところ、両人ともおたおたと狼狽(うろた)え、逃げ出そうとした。

 そこでその二人の背に、瞬時に左右抜き打ちに斬りつけた。

 手負いながら、何やらん、おぞましき獣の姿を現わし、逃げ去さって行ったが、供の者や中間(ちゅうげん)などが待ち構えて御座って、寄ってたかって棒を以って叩き倒したれば、二匹とも、ほうほうの体(てい)にて逃げ去って御座ったとか。

 この後は、この長屋の怪異、絶えてなくなったと申す。

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