澄江堂遺珠 本文Ⅴ
[やぶちゃん注:以上は芥川龍之介の原稿にある龍之介自身の落書。底本画像を見易く横に補正した。以下は、底本の五十四頁の佐藤春夫による図版及び本書の例の上部に配された芥川龍之介のデッサン、その他、草稿のメモとそれについての解説である。このうち、芥川龍之介メモ類は頁の左半分上方に横書となっており、その下方に佐藤が『蛇足』と称する解説が入っている。]
澄江堂がノートブツク中には筆のすさびと見るべき戲畫のたぐひ或は隨想のメモあることは既に述べたるが如し。本文上部に用ゐたる裝飾はその筆のすさびの一例を利用したるものにして原册にも同じく上欄にカツトの如くデザインしあるものなり。また次に掲ぐるは隨感的メモの一例にて下方なるは編者が蛇足なり。
[やぶちゃん注:以下、横書の龍之介のメモ。本ブログ版では綴りのフォントは底本に準じていない。]
Kunst
1) Kunst ハ
Ausdruck ナリ、
單ナル Liebe ニ非ズ。
2) Ausdruck ハ即、Eindruck ナリ。
3) Ausdruck ヲ Wesen トスル
Kunst ニ Technique ナカルベ
カラズ( Cézanne ノ例)
4) Technique ハ手段ナリ、
Ausdruck
ハ目的ナリ、本末顚
倒ノ弊アルベカラズ。
[やぶちゃん注:概ねドイツ語であるが、「Technique」の綴りはフランス語である。ドイツ語は「Technik」。フランス語経由で入った外来語だからであろうか。但し、フランス語「Technique」自体もフランス語にとって外来語で、もとはギリシャ語の「techne」(テクネー)で「technique」は「techne」の形容詞形「technikos」(テクニコス)が直接の語源である。参照した独協医科大学ドイツ語教室のサイト内のこちらのエッセイによれば、ギリシャ語の「technikos」は一旦、「technicus」(テクニクス)というラテン語形に変化し、それがフランス語への橋渡しとなったらしい。則ち、「technikos」(ギ)→「technicus」(ラ)→「technique」(仏)→「Technik」(独)や「technique」(英)となった旨の記載がある。英語学が専門の芥川にとってはフランス語として知られた違和感のない綴りだったのであろう。
新全集の『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』の『頁21』を見ると、
*
Kunst
1) Kunst ノ Wesen ハ Ausdruck ナリ單ナル Liebe ニ非ズ。
2) Ausdruck ハ即 Eindruck ナリ、
3) Ausdruck ヲ Wesen トスル Kunst ニ Technique ナカルベカラズ( Cézanne ノ例、
4) Technique ハ手段ナリ Ausdruck ハ目的ナリ本末顚倒ノ弊アルベカラズ
*
これを見ると「1)」の箇所に「ノ Wesen」が脱落しているのが分かる。一応、以下の訳は「Kunst ノ Wesen ハ Ausdruck ナリ」を正しく訳しているから、
1)
Kunst ノ Wesen ハ Ausdruck ナリ、
單ナル Liebe ニ非ズ。
と正しいものを示しておくこととする。
以下、佐藤の縦書の解説。「ザ」の右の半角「?」は、意味が通らないために佐藤が補訂した『(ラザ)』に対する佐藤の疑問符である。]
一 藝術ノ本質ハ表現ナリ、單ナル愛ニ非ズ。
二 評言ハ即、印象ナリ。 ?
三 表現ヲ本質トスル藝術ニ手法ナカ(ラザ)ルベカラズ(セザンヌノ例)。
四 手法ハ手段ナリ、表現ハ目的ナリ、本末顚倒ノ弊アルベカラズ。