大和本草卷之十四 水蟲 介類 タイラギ
【同】
タイラギ 殻大ニテ薄シ肉柱一アリ大ナリ食スヘシ腸ハ
不可食和俗※1ノ字ヲ用ユ出處ナシ江瑤及玉珧ハ本
草諸書ニノセタリ肉柱四アリ殻瑩潔ニシテ美ナリタイ
ラキハ殻不美肉柱一アリ是似テ是ナラス然レトモタ
イラキモ江瑤ノ類ナルヘシ※2※3ハ本草ニ載タリタイラキト訓
スルハ非也
[やぶちゃん字注:「※1」=「虫」+「夜」。「※2」=「虫」+「咸」。「※3」=「虫」+「進」。]
〇やぶちゃんの書き下し文
【和品】[やぶちゃん注:原本は「同」。]
たいらぎ 殻、大にて、薄し。肉柱、一つあり、大なり。食すべし。腸〔(はらわた)〕は食ふべからず。和俗、※1の字を用ゆ、出處なし。江瑤〔(かうえう)〕及び玉珧〔(ぎよくえう)〕は本草諸書にのせたり。肉柱、四つあり。殻、瑩潔〔(えいけつ)〕にして美なり。たいらぎは殻、美ならず。肉柱、一つあり。是れ、似て是れならず。然れども、たいらきも江瑤の類いなるべし。「※2※3」は本草に載せたり。「たいらぎ」と訓するは非なり。
[やぶちゃん字注:「※1」=「虫」+「夜」。「※2」=「虫」+「咸」。「※3」=「虫」+「進」。]
[やぶちゃん注:斧足綱翼形亜綱イガイ目ハボウキガイ科クロタイラギ属タイラギについては、長くタイラギ Atrina pectinata Linnaeus, 1758 を原種とし、本邦に棲息する殻表面に細かい鱗片状突起のある有鱗型と、鱗片状突起がなく殻表面の平滑な無鱗型を、生息環境の違いによる形態変異としたり、それぞれを Atrina pectinata の亜種として扱ったりしてきたが、一九九六年、アイソザイム分析の結果、有鱗型と無鱗型は全くの別種であることが明らかとなった(現在、前者は一応 Atrina lischkeana Clessin,1891に同定されているが、確定的ではない)。加えて、これら二種間の雑種も自然界には一〇%以上は存在することも明らかとなっている(ウィキの「タイラギ」を参照)ため、日本産タイラギ数種の学名は早急な修正が迫られている。
「腸は食ふべからず」とあるが、実際にタイラギ漁によっては、早々に海上で内臓を捨て去ることもあると聞く。それでもタイラギのヒモ(外套膜)を食用とすることを知っている人は多いが、私はある寿司職人に勧められて新鮮なキモ(内臓)を焼いて食したことがある。これはなかなか十分美味い。騙されたと思って一度お試しになることをお勧めする。
「※1の字を用ゆ、出處なし」(「※1」=「虫」+「夜」)「※1」の字は不詳。「出處なし」とは由来も出典も不明ということであろう。
「江瑤」「玉珧」「本草綱目」には「海月」の項に『玉珧(音姚)、江珧、馬頰、馬』とある(「江瑤」は載らない)。但し、この「海月」というのは本「大和本草」の次の項に別種として出る(これは記載が混乱しており、同定が難しいが、私は斧足綱異歯亜綱マルスダレガイ(ハマグリ)目マルスダレガイ上科マルスダレガイ科カガミガイ Phacosoma japonicum を想定している)。また、寺島良安「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部」でも「たいらぎ ゑぼしがい 玉珧 ヨツ チヤ゜ウ」として項を出し、「江珧(かうえう) 馬頰 馬甲【俗に太以良木と云ふ。又、烏帽子貝(ゑぼうしがひ)と云ふ。】」と記す。
「肉柱、四つあり。殻、瑩潔にして美なり。たいらきは殻、美ならず。肉柱、一つあり。是れ、似て是れならず。然れども、たいらきも江瑤の類いなるべし」以下、細かく注する。
・「四つ」でこれはタイラギと違うと思われる方もあろうが、実は、タイラギには貝柱(閉殻筋)はちゃんと二つある。但し、前閉殻筋は殻頂近くにあって小さく、我々は殻中央部の大きな後閉殻筋の方をたった一つの大きな貝柱と思って食用としているに過ぎない。こじつければ、左右両殻に切断した大小の貝柱をタイラギに於いても「四」と言えぬことはないのである。
・「瑩潔」「瑩」本文では漢音の「エイ」で読んでおいたが、呉音では「エウ(ヨウ)」で、漢詩などでは後者の読みもしばしば目にする。「潔」は、底本では(へん)が(にすい)でしかもずっと上方に小さくついている。」艶やかな輝きを持って清く美しいという謂いで、これは私の推定するカガミガイの形容として相応しい。
・「似て」とあるが、もしこれが私の推定同定であるカガミガイであるとすれば、殻の形状その他総ての点でこれは似ているなどと思う人はまずいない。思うのだが、ここで益軒が似て非なるものとしてピンとくるのは、タイラギに似るものの殻が細長く、閉殻筋も小さく、外套膜も薄い翼形亜綱ウグイスガイ目ハボウキガイ科ハボウキガイ Pinna bicolor である。
・「たいらきも江瑤の類いなるべし」既にご覧の通り、もし「江瑤」が私の推理通りカガミガイであるとすれば、タイラギは翼形亜綱ウグイスガイ目であるのに対し、カガミガイは異歯亜綱マルスダレガイ目で亜綱レベルで異なる全く縁のない種である。
『「※2※3」は本草に載せたり。「たいらき」と訓するは非なり』(「※2」=「虫」+「咸」。「※3」=「虫」+「進」。)寺島良安「和漢三才圖會 卷第四十七 介貝部」には、「あこやがひ ※1※2 ヒン ツイン 生※2 ※1蛤【俗に阿古夜加比と云ふ。】」と見出しで出、これはウグイスガイ目ウグイスガイ科アコヤガイ属ベニコチョウガイ亜種アコヤガイ
Pinctada fucata
martensii のことである。]