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2015/01/01

澄江堂遺珠 箱

Hakoomote


Hakoura

Hakose

Hakotenn

Hakosoko

[やぶちゃん注:箱(約縦二十三/横十七・八/厚さ一・九センチメートル)。順に表・裏・背・両天地(天、地の順。なお、天の横で支えに用いたのは本体の底部分である)。芥川龍之介の直筆詩稿の一部が切り張りされた独特の装幀である(末尾の神代種亮の「卷尾に」に『見返し及び箱貼りは原本の部分を複寫して應用したものである』とある)。表の書名その他は佐藤春夫の直筆かと思われる。装幀者も彼と思われるが装幀挿画者の表示はない。小穴隆一(著作権継続中)の可能性も排除は出来ないが、取り敢えず、本書の一つの特異な装幀であり、しかも本書の芥川龍之介直筆稿である。これなくしては「澄江堂遺珠」の香りを再現出来ないと私は考えるので、敢えて前に掲げておいた。著作権継続中の筆者若しくはその著作権継承者からの要請があれば以上の画像は取り下げる。以下、直筆原稿を可能な限り、独自に判読し、活字化してみることとする(切り貼りであることから一篇の連続性を優先し、開始位置のパートに全篇を示すこととした。従って他の箇所に送ったものやダブって判読したものがある。判読の際には岩波版新全集第二十三巻(一九九八年刊)の『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』パートを参考にしたが、その過程で不思議なことに同一であるはずのそれとの齟齬を発見した。ここでは活字に起こすだけで注は附さない。近い将来行う同『「澄江堂遺珠」関連資料』を元にした電子化注釈でそれは行う。取り消し線は抹消を示す。以下の原稿判読電子化にはこの注は略す)。

 

●表部分

*標題紙(中央やや上部にピンクの現在の付箋紙様のものに右から左へ、佐藤春夫に拠るかと思われる手書きで記す。以下、逆に綴って示す)

 

芥川龍之介遺著

佐藤春夫纂輯

詩 集

澄江堂遺珠

sois belle, sois triste

昭和癸酉

岩 波 書 店 刊

 

「癸酉」は「みずのととり」で昭和八(一九三三)年の干支。

*最も使用面積の多いこの標題紙の張られた稿(*最上部にある抹消一行「人を殺せどなほあかぬ」は次の裏での判読に回す)。本文罫欄外上部頭書様パートに、

 

黄龍寺の晦

堂老師

 

吾 爾に隱す

ことなし(論語)

 

としるし、以下、本文部分に次の詩稿が載るが、先の標題紙によって九行分が完全に見えなくなっている。標題紙はかなり厚手のもので透過せず、下にあるであろう稿は全く読み取れない(強い光源を当てて見たりしたが見えない)。これは新全集『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』の『頁24』とナンバリングするもの(岩波版新全集第二十三巻五七六頁)と等しいと思われる(マスキングされている部分の行数も完全に一致するからである。なお、これは『頁24』の総てである)。そこで判読可能な前三行と後五行の間に『「澄江堂遺珠」関連資料』に示されたものを再現させて以下に示す。『「澄江堂遺珠」関連資料』による再現部分は下部に【再現】と入れた(同新全集は新字体コンセプトであるが、幸い、このマスキングされた部分には正字と異なる新字が散在存在しない)。

 

   ひとり葉卷を吸ひ居れば

   雪は幽かにつもるなり

   こよひはきみも

   ひとり小床に眠れかし   【再現】

   きみもこよひはほのぼのと 【再現】

   きみもこよひはしらじらと 【再現】

   きみもこよひは冷え冷えと 【再現】

                【再現】

   みどりはくらき楢の葉に  【再現】

   ひるの光のしづむとき   【再現】

   つととびたてる大鴉    【再現】

                【再現】

   ひとり葉卷きをすひ居れば

   雪は幽かにつもるなり

   こよひはきみもしらじらと

   ひとり小床にいねよかし

   ひよりいねよと祈るかな

 

*(下部の九行分の稿は次の裏での判読に回す)

 

●裏部分

*最上部にある稿(表から天の部分を経てここに至る)は、『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』の『頁22』とナンバリングするもの(岩波版新全集第二十三巻五七五頁)と等しい(最後の一部が欠であるが、実は別な貼り交ぜでそこは出る。後掲)と思われる(但し、三箇所に不審な点がある)。

 

   人を殺せどなほあかぬ

    妬み心も今ぞ知る

 

   みどりは暗き楢の葉に

   晝の光は沈むとき

   ひとを殺せどなほあかぬ

   妬み心も覺しか

       ■

   風に吹かるる曼珠沙華

   散れる

 

①二行目頭の「」は何かの字を一字書いてそれを十文字マークで抹消したように見える。「石」か?

②「妬み心も覺しか」の次行の「覺」の左にあるのは記号のような不思議なもので判読出来ない。

③「散れる」の抹消の後にある「何」の抹消字は自信はないが、初見では「何の」と判読し得た。これは「何」をぐるぐると抹消し、「の」を消し忘れている。なお、以上の三点の私の判読(不能を含む)部は『「澄江堂遺珠」関連資料』には存在しないことになっている

 

*中央部にある稿は『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』の『頁26』とナンバリングするもの(岩波版新全集第二十三巻五七七頁)と等しいと思われる。

 

   綠はくらき楢の葉に

   晝の光の沈むとき

   わが欲念

   わが欲念はひとすぢに

   をんなを得むと

   ふと眼に見ゆる

   君が心のお

    光は

    何かはふとも口ごもりし

 その日

 

   みどりはくらき楢の葉に

   ひるの光のしづむとき

   わがきみが心のおとろへを

   ふとわが

 

『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』の『頁26』では「わが欲念はひとすぢに」は全抹消、抹消の「君が心のお」は「君が心の」とする。さらにこの次の抹消の「光は」との間に一行空けがある。よくみるとこの直筆原稿では行空けはないものの、「光は」以下の三行が半角分前の詩篇の位置よりも有意に下がっているのが分かるので、新全集編者はここで詩篇を改稿したと判断したのであろう。また、この三行目の抹消「その日」は『頁26』では「その」で「日」はない。

 

*最下部から地を経由して表下部へ続く稿は、前の最上部(表から天の部分を経てここに至る)にある『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』の『頁22』稿とナンバリングするもの(岩波版新全集第二十三巻五七五頁)と等しい。先の最後の一部の欠部分がここでは見えている。煩を厭わず活字化する。

 

 

   人を殺せどなほあかぬ

    妬み心も今ぞ知る

 

   みどりは暗き楢の葉に

   晝の光は沈むとき

   ひとを殺せどなほあかぬ

   妬み心も覺しか

       ■

   風に吹かるる曼珠沙華

   散れる

 

   夕まく夕べは

   いや遠白む波見れば□に來れば

   人なき

 

最後の四行分(最初の空行を含む)が前の貼り交ぜではなかった。『頁22』稿では「いや遠白む波見れば」と「ば」する。「□に來れば」の「□」は判読不能。『頁22』稿でも『〔一字不明〕』とする。因みにこれが『頁22』稿との総てである。

 

●背部分

 佐藤春夫に拠るかと思われる手書き。ここだけが「編」となっていて「纂輯」でないのが特異。

 

  澄江堂遺珠   芥川龍之介遺著佐藤春夫編

 

●天部分

前掲『「澄江堂遺珠」関連資料』の『ノート2』の『頁22』稿の「 妬み心も今ぞ知る」と空行一行分。

●地部分

同前稿の「みどりは暗き楢の葉に」と「晝の光は沈むとき」の二行分。]

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