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2015/02/02

耳嚢 巻之九 怪談其よる所ある事

 怪談其よる所ある事

 

 文化六卯年の夏なりしが、柳原土手に夜毎に光り物出ると專ら風聞なせしが、去年の夏秋の頃、神田紺屋町(こんやちよう)嘉兵衞娘十四歳に成りし者、風雨の節往來なせしに、立置(たておき)候材木倒れ候に驚き死せし事ありければ、其妄執の陰火なりとて、近邊の者、夜中見屆(みとどけ)に出ると附怪なせしが、實否を糺させぬれば、同町三郎兵衞店(だな)に髮結(かみゆひ)渡世をなせる市兵衞といへるもの、二間四方の土藏ありしが、鼠漆喰(ねづみしつくひ)にて塗上(ぬりあげ)、油など強くありしや、右壁へ往來人(わうらいにん)提燈の火影(ほかげ)移り候得ば光り候ゆゑの由。右土藏鉢卷の所に塗(ぬり)むらにてもありしや、全(まつたく)右へ往來の提燈の火、與風(ふと)移り候を、事がましく申成(まうしなり)ける由。右故や、又は外に損じもあるや、此節修復に取かゝり足代(あししろ)莚)むしろ)張りなどなしけるに、右怪談たちまちにやめぬるとなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:怪談連関乍ら、こちらは「幽霊の正体見たり枯れ尾花」の真相解析物で、しかも非常に観察が細かく、内容もしっかりしている。ただの怪奇談コレクターではない、根岸の鋭い実証主義者としての一面を窺わせる好篇と言える。

・「文化六卯年」底本は「卯」の右に『(巳)』と訂正注がある。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では正しく『文化六巳年』とあるから書写した者の誤りであろう。「卷之九」の執筆推定下限は文化六(一八〇九)年夏であるから、ほやほやの都市伝説。それだけに迅速な推理による、論理的解明と怪異の否定が小気味よい。

・「柳原土手」下流の浅草御門(浅草橋)辺から筋違御門(万世橋)までの神田川左岸を言う。

・「神田紺屋町」現在の千代田区神田紺屋町。柳原土手にある柳森神社(稲荷)から南に五百メートルほどの位置にある。

・「附怪」底本では右に『(ママ)』注記。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では「附會」とある。しかし、これ、私はこの両方が合わさって正しい意味となるような気がした。――怪異を見届けよう(目に焼き「附」けて)と、血気盛んな若者らが肝試しに繰り出し、まさしく「怪」異に出くわしたと吹聴の上、昨年の娘の変死にこれを面白おかしく牽強「附会」成した――という謂いである。

・「與風(ふと)」は底本の編者によるルビ。

・「やめぬる」底本では右に『(ママ)』注記。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では普通に「止(やみ)ける」とある。

・「二間四方」約三・六メートル四方。「髮結」とあるが、これだけの土蔵を持っていたおいことは、かなり繁昌していた相応の大型店舗を持った髪結いであったことが窺われる。

・「鼠漆喰」「漆喰」(「しっくい」は「石灰」の唐音で「漆喰」は当て字)は消石灰に海藻のフノリ(紅藻植物門紅藻綱真性紅藻亜綱スギノリ目フノリ科フノリ属 Gloiopeltis )やツノマタ(スギノリ目スギノリ科ツノマタ属 Chondrus )などから作った糊状の粘着性物質と麻糸などの繊維を加え,水でよく練り合わせたもの。砂や粘土を加えることもある。壁や天井などを塗った。砂を加えた耐久力のある漆喰が用いられるようになったのは近世になってからで、社寺建築を始め城郭・民家などに広く用いられた。白色が普通であるが、これに灰墨を混ぜた鼠色のものを特に「鼠漆喰」と呼び、江戸以降の民家に好んで用いられた。因みに、江戸中期には色のついた漆喰を用いて外壁に紋所や文字・絵などの浮彫りをつくる鏝絵(こてえ)が流行、伊豆長八(いずのちょうはち)などの今に名を知られる名工が現われ、この贅沢な装飾は富家では家屋内部の壁にも及んだ(以上は「大辞林」及び平凡社「世界大百科事典」などに拠った)。グーグル画像検索「鼠漆喰」を参照。

・「油など強くありしや」上記注の混入物の内に粘土があるのでこれかとも思ったが、寧ろこれは、塗り終えた壁面のテカり方が、「油」を塗ったような「強」い感じであることを指しているのではないかと思い至った。それで訳した。

・「土藏鉢卷」土蔵建築で、屋根の軒の直下内側の部分を屋根に添って壁面より一段高く細長くぐるりと土を盛り塗った箇所を指す。ものによっては三段重ねとなっていたりする。中脇修身氏のもの凄いサイト「土佐漆喰」の「12.土蔵のデザイン」を参照されたい。漆喰を知るなら、まず、このサイト!

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 怪談にはその真相が必ずあるという事

 

 この文化六年巳年の夏のこと、柳原土手に、これ、夜毎に光り物が出ると専らの噂の立って御座る。

 これに就きて、去年の夏から秋頃のこと、まさにこの柳原土手直近の神田紺屋町(こんやちょう)の嘉兵衛なる者の娘、これ、十四歳で御座ったが、激しき風雨の折り、同町へ向けてこの柳原通りを歩いて御座ったところが、その通りの南側の往来に立て置かれてあった多量の材木が、これ、折からの暴風のために急に倒れ込んだによって、その下敷きとなったとか、はたまた、下敷きにはならなんだが、その大音に驚き、心の臓の止まってしもうたとかで、これ、亡くなったと申すことのあったればこそ、専ら、その妄執の陰火に違いないと、噂なんど致し、また、近辺の血気盛んなる跳ねっ帰りの若僧どもが、これまた、その真偽を見届けんと、夜中に柳原辺へと肝試しに繰り出し、そこで、まっこと、まさしく奇っ怪なる陰火に出くわしたと吹聴(ふいちょう)した上、昨年の娘の変死事件を持ち出し、これと面白おかしく牽強附会なした。

 ところが、これ、その実否を私の子飼いの者に特に糺させてみたところが、すこぶる腑に落ちる以下のような事実が判明した。この者は、実際に何度も夜間に柳原を歩き、幾つかの試みを実施致いた上、以下の結論に達したと申す。

 同紺屋町三郎兵衛店(さぶろべえだな)に髪結い渡世をなしおる市兵衛と申す者――相応の数の職人を抱え、なかなかに繁昌なして御座るが――この者が方には、二間四方の土蔵のこれあって――これがまた、柳原土手の方よりよう見える位置にある――それが、所謂、鼠漆喰(ねづみしっくい)の厚塗りに塗り上げて御座る代物にて、これがまた、油でも塗ったような強いテカりのある感じに仕上がっておったによるものか、この壁へ堤などを往来する人の提燈(ちょうちん)の火影(ほかげ)が映って、これがまた、驚くほど、光り輝くかのように反射致いておったのであった、と申す。

 また、この土蔵の鉢巻の部分には、鼠漆喰に微妙な塗りムラでもあるものか、こちらの往来を往く手元の提燈の火が、全く反映しておらぬ真っ暗闇の状態から、ある所まで来ると、これ突如――ふっと――夜(よる)の闇の中に妖しい火影(ほかげ)が、これ……ぼう~っと……浮かび上がる、と申すのである。

 こうした現象を、口喧しく、やれ、狐火だの、娘の怨念の陰火だのと、言いたてて居ったに過ぎぬこと、これを以って、明白となった。

 その後(のち)、こうした真相や妖しき火の起りの方について、巷(ちまた)の者は勿論、その土蔵の持ち主たる市兵衛も気づいたものか、或いはまた、土蔵の他に一部に、これ、欠け損じや不具合なんどのあったものか、近頃、この土蔵、修復にとりかかることと相い成り、そのために土蔵の周囲に足場を組んだ上、廻りを皆、莚(むしろ)張りなんどにして御座るそうな。そうしたところが――かの妖しき火の怪談――これ、たちまちのうちに、陰火の――ふっと――吹き消えたかの如く――ぱったり耳にせんようになったとのこので御座る。

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