橋本多佳子句集「命終」 昭和三十一年 奥吉野
奥吉野
土砂降りより入る目口に楮の湯気
[やぶちゃん注:「楮」老婆心乍ら、「かうぞ(こうぞ)」と読む。和紙の原材料とするイラクサ目クワ科コウゾ属コウゾ Broussonetia kazinoki × Broussonetia papyrifera 。]
楮煮るゆげ土砂降りの家出でず
土砂降りの紙漉場より水流れ
古きままの紙漉に老女ゐて簀の子の上に坐し
て漉く。
老いの顎うなづきうなづき紙を漉く
紙漉のぬれ胸乳張る刻が来て
ぬれ紙に重ねる漉紙滴るを
漉きかさねし濡紙百枚まだはがさず
むんむんと子の香を率ゐ霧の教師
鮎下り尽きし瀬の夜を鳴り徹す
鉄棒にさかしまたぎつ青吉野
吉野山青山檜山修羅場を袈裟懸けに
わが立てる岩より秋水また下る
*
夫の忌日に
木犀や記憶を死まで追ひつめる
[やぶちゃん注:多佳子絶唱の一つと思う。この昭和三一(一九五六)年九月三十日の祥月命日の句であろう。夫豊次郎の死(昭和一二(一九三七)年。享年五十、当時多佳子三十八)であるからこの年は二十回忌に当たった。多佳子五十七。]
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