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2015/02/09

耳嚢 巻之九 鰹の烏帽子蛇の兜の事

 鰹の烏帽子蛇の兜の事

 

 鎌倉の海の鰹、富士を拜むとて烏帽子着ると、土俗の口の端(は)に唱ふる事、予も右烏帽子を見し事ありき。是をとりて用ゆれば、勞症の病ひを直すと聞(きき)しが、蛇の兜(かぶと)といふ物を見しと、營中にて某の語(かたり)しが、其細工誠に甲に似、錣(しころ)幷(ならびに)鍬形(くはがた)など現然と備(そなは)り、いかにして拵(こそらへ)けるやと思ふ計(ばかり)の由語りぬ。小鳥の巣を作り、蠶(かいこ)の繭を懸(かく)るに、競(くらべ)てはあるまじき事にもあらず。是も又造化の一奇事と、爰に記し置(おく)。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:民間療法記載は含まれており一部繋がる。私好みの博物誌シリーズの一つである。

・「鰹の烏帽子」底本の鈴木氏注に、『『立路随筆』巻一に、「三浦三崎の浦に、此の烏帽子流れ寄る時、鰹烏帽子ぬぐと云ひて、それより初鰹を釣りに出るなり。此のえぼしの寄らざる内は、鰹取りに出ざる由。其の形如此。  色白く水月に似たり。紉(いと)の如き物紺色に光る。針あり、至って毒あり。人手を著ければ忽ち痛み腫るゝと云ふ。」また『譚海』巻九にも、初鰹のはしりは、江の島ではホロセといって賞美しないが、それが捕れて数日後、烏帽子のような物をいただいて出てくる鰹があり、これを初鰹といって珍重する。これを釣った漁師はまず弁天に供え、公儀にも献上するとある』とし、岩波版長谷川氏注には、『カツオノエボシ科のクラゲ』として、以下に上記の鈴木氏の注の内容を簡略にして記す。

 「立路随筆」は江戸中期の江戸(内容より推定)の俳人林百助(立路は「りつし」と読み、彼の俳号。それ以外の彼の事蹟は未詳)の書いた一五六条からなる随筆(成立年未詳)で、私は既に在野人となった直後の二〇一三年四月十八日のブログ「海産生物古記録集■1 「立路随筆」に表われたるカツオノエボシの記載」で、当該本文及び詳細な私のオリジナル注と現代語訳を公開している。そちらを是非、参照されたいが、原文は至って短いので、ここに絵入りで紹介しておく。

   *

一鰹の烏帽子 三浦三崎の浦に、此烏帽子流寄時は、鰹烏帽子を脱ぐと云て、夫より初鰹を釣に出るなり。此えぼし寄らざる内は、鰹取に不出由。

 其形如

Katuonoebosirisi

色白ク水月(クラゲ)ニ似タリ、紉ノ如キ物紺色ニ光ル、針アリ、至テ毒アリ、人手ヲ著レバ忽痛ミハルヽト云。

   *

 「譚海」の方は津村正恭(淙庵)著になる怪奇譚集(寛政七(一七九五)年自序)である。以下に当該箇所を示す。読みは私が附した。

   *

○鰹の獵は相州江の島の沖を盛(さかん)なりとす。毎年三月下旬四月初めのころ、はじめて鰹を獵し得るなり。江戸の豪富(がうふ)のもの一日もはやく調理に入るを、口腹(かうふく)の第一と稱美(しやうび)する事なり。然れども江の島にては猶(なほ)ふかせと號して稱美せず、数日(すじつ)の後(のち)初(はじめ)て烏帽子の如きものをいたゞきて出來(しゆるたいせ)る鰹有(あり)、これをはじめて初鰹と稱する事なり。是を釣(つり)えたる獵師先(まづ)辨才天に供し、さて公儀へも奉る事といへり。鰹の盛に獵あるときはわきめつかふ事あたはず、鉤(はり)を投ずれば手に随(したが)てかゝり、暫時に舟中に充滿する事なり。餘りしたゝか釣(つれ)たる時は、わにざめ鰹に付(つき)たりとて、釣(つり)たるかつをを數十本繩につかね、海中へ投入(なげいれ)てそれに合(あはせ)て、いそぎこぎもどる事といへり。

   *

 最後の「餘りしたゝか釣たる時は、わにざめ鰹に付たりとて、釣たるかつをを數十本繩につかね、海中へ投入てそれに合て、いそぎこぎもどる事といへり」というのは、

――余りに度を越して大漁であった折りには、却って尋常ではないことからこれを海難などの不吉な予兆などとし、特に「わにざめが鰹についた」(邪悪な鮫が鰹を追い駈けている)と称して、釣った鰹を数十本も縄に結わいつけて、船の後ろから投げ入れ、投げ入れては急ぎ漕ぎ、投げ入れては急ぎ漕ぎして、その及ぼすところの災難から逃れるという――

という意味である。「わにざめ鰹に付たり」は実際に鮫類が鰹を追っている訳ではなく、過剰な豊饒を日常から逸脱した異界的現象としてを不吉とする原初的信仰に基づくもので、フレーザーの共感呪術的表現である。実に面白い。

 なお、両書とも「卷之九」の執筆推定下限である文化六(一八〇九)年夏以前に記されたものである。

・「鰹の烏帽子」私の偏愛する刺胞動物門 Cnidaria ヒドロ虫綱 Hydrozoa クダクラゲ目 Siphonophora 嚢泳亜目 Cystonectae カツオノエボシ科 Physaliidae カツオノエボシ属 Physalia カツオノエボシ Physalia physalisLinnaeus, 1758)。

・「勞症」労咳(ろうがい)。肺結核。但し、この漢方の効用は不詳。切に識者の乞うものである。因みに、クラゲ類の有毒成分はあまり進んでいない。医薬品情報21は殺人クラゲの異名を持つイルカンジを主としつつ、「危険な刺胞動物の代表例」を掲示し、しかも注で『カツオノエボシの粗毒は、活性ペプチド、各種酵素、その他の因子からなる多成分系の総合作用で、皮膚壊死性、心臓毒性がある』とある珍しい詳細記載である。また、強毒性の刺胞毒を持つハブクラゲやアンドンクラゲなどの立方クラゲ類の主要なタンパク質毒素のアミノ酸一次配列とその全遺伝子配列が最近の研究で明らかにされると、それらの毒素群が新しいタイプのタンパク質ファミリー、即ち、稀に見る強い生理活性を持つ今までに例のないタイプのタンパク質で構成されていることが判明し、癌や致死性の高い疾患を引き起こすウィルスを死滅させる医療上の効果が期待されていることを言い添えておく。

・「競(くらべ)ては」は底本の編者ルビ。

・「蛇の兜」この後の「耳嚢 巻之十」の「蛇甲の事」の項で絵入りで詳述されてある(今年の初夏までには電子化訳注予定。乞うご期待……というものの、実はその添えられてある図を見ると……なあんだ! これは「あれ」じゃやないか!……という代物ではある)。蛇の兜に類似した奇物については、実は私はそれとは全く別な情報と真相解釈を持っており、既に別な箇所で電子化しているのであるが、それについてはその「蛇甲の事」の注まで温めておきたいと存ずる。悪しからず。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 鰹(かつお)の烏帽子(えぼし)・蛇(へび)の兜(かぶと)の事

 

 鎌倉の海の鰹、富士を拝まんとて烏帽子を被ると、土俗の漁師の口の端(は)に唱えており、私も実は、この「鰹の烏帽子」なるものを実見致いたことがある。これを薬として用うれば、かの宿阿たる労咳(ろうが)の病いをも、これ、治すとも、また聞いておる。

 また、別に「蛇の兜」と申す奇物を見たと、営中にて、さる御仁の語っておられたも耳にした。その話によると、その細部の細工に至るまで、まことに本物の甲に酷似しており、錣(しころ)并びに鍬形(くわがた)など、これ、現然と備わっておって、

「……いや、まっこと、これ、如何にして蛇如き虫なんどが拵えたのであろうか、と驚き呆れんばかりのものにて御座った。……」

と語られた奇物であった由。

 しかし、小鳥がかような巧みなる巣をも作り、蚕(かいこ)の糸を吐いて、かくの如き美しき繭をかくることなどと比して考えてみたならば、これ、あるまじいことにてもあるまい。これもまた、玄妙なる造化の一奇事ならんと、ここに特に記しおくこととする。

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