譚海 卷之一 觀世太夫家藏茶壺の事 附江戸冬木家藏茶壺
觀世太夫家藏茶壺の事 附江戸冬木家藏茶壺
〇猿樂觀世太夫家に、室町慈照院殿より拜領の茶壺と云ものあり。普通のよりは拔羣大くして數奇屋に飾りたるを見しに、少し似合ざるやう也と、尾州の茶道物語也。又江戸の冬木某なるものの家に名物の茶器多し。先年松平左近將監(しやうげん)殿所望にて、白雲といふ茶壺をまいらせける謝禮に、金子八百兩賜りけるとぞ。實に數千金のものなりとぞ。
[やぶちゃん注:標題の「附」は「つけたり」と読む。
「室町慈照院殿」室町中期から戦国初期にかけての室町幕府第八代将軍足利義政。底本の竹内利美氏の注に『東山に山荘を設け』、別荘銀閣を創建、没後、『それが慈照寺となって残った』とある。京都市左京区銀閣寺町にある「銀閣寺」は通称で、正式には臨済宗東山(とうざん)慈照寺であり、ここはまた京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町にある相国寺の境外塔頭(けいがいたっちゅう)である。
「松平左近將監」松平乗邑(のりさと 貞享三(一六八六)年~延享三(一七四六)年)。将軍吉宗の右腕として享保の改革をリードした老中。茶器のコレクターとしても知られ、自撰になる茶器目録、自蔵四十一種・諸侯秘蔵三百十七種を集録した「三冊本名物記」は後の「名物」という一般名詞の濫觴となったという。]