耳嚢 巻之九 蟻を除る呪の事
底本ではここに先に公開した「執着にて惡名を得し事」が入る。
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蟻を除る呪の事
蟻の多く出る呪(まじなひ)とて人の咄しけるは、砂糖一斤(きん)半と札(ふだ)に書(かき)て其所に立(たつ)れば、蟻の出ざる事妙の由。誠に可笑(をかしき)事にて、何故一斤半と書(かく)やわからざる事ながら、奇妙の由、人の語りし。呪はわからざる事にも其妙有(ある)事故、爰に記しぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:なし。定番の呪(まじな)いシリーズ。
・「除る」は「よける」。
・「出る呪」底本では右に『(出ざるカ)』と補正注がある。それに準じて補正して訳した。
・「一斤半」九百グラム。
■やぶちゃん現代語訳
蟻を除ける呪(まじな)いの事
蟻が多く出でて困る折りの呪(まじな)いと称し、人の話してくれたもの。
――砂糖一斤半――
と札に書いて、蟻の多く徘徊しておる場所に立てれば、それで、蟻がいなくなってしまうこと、これ、奇々妙々の由。
これ、考えて見れば、まことにおかしな話であって、何故に
――一斤半――
と書くのかは、これ、一向、分からぬことながら、確かに奇妙と思えるほどに、蟻が絶える由、人の語って御座った。
まず、呪(まじな)いと申すものは、これ、理屈の上にてはわけのわからぬことの多くあり、しかも、その効果の妙は、これ、確かにあるもので御座るものゆえ、やはり、ここに記しおくことと致いた。