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2015/02/08

耳嚢 巻之九 賤妓孝烈の事

 賤妓孝烈の事

 

 横田翁の菩提所の僧、盆中に翁が許へ來り語りけるは、當時旦家(だんか)貴賤といえる内、賤しき旦那多(おほし)。其内に遊女屋などある事ながら、深川の遊妓に旦家ありといひし故、夫(それ)は如何成(いかなる)譯やと尋(たづね)しに、去る武家の娘にて兩親身まかり、兄なるおのこ甚(はなはだ)身持不埒(ふらち)にて、甲府とかへ被遣(つかはさる)の命ありしが、右の無賴なる者故、誰(たれ)ありて世話するものもなし。しかるに彼(かの)妹、其家の斷滅(だんめつ)を歎きて、是非もなき事なれば、我(わが)身をしづめて其用を辨(べん)ぜんとて、深川の妓(ぎ)に身を賣りて兄の用を辨じけるが、兩親の問(と)ひ弔(とむら)ひするものもなき事なれど、彼(かの)妓女より月々の附屆(つけとどけ)、年忌法事の事抔も、無斷絶(だんぜつなく)、念頃(ねんごろ)にいたしける。當年も年忌なりしが、かたのごとく執行(とりおこな)ひ、兄も心や直(なほ)し、又は妹方よりさそひ遣(つかは)しけるや、兄弟とも佛參(ほとけまゐり)をもなしけるとぞ。其(その)孝心(こうしん)天の納受(なふじゆ)や、近頃右妓女相應の町人に請(うけ)られて、今はくがいの勤(つとめ)もせざると、彼(かの)僧のかたりしと也。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:卑賤の者の直き執心が玄妙を生み出す話から、妓女の孝心が苦界(くがい)の彼女を救い出す話で、何となく自然に繋がっている。

・「横田翁」横田袋翁。頻出の根岸昵懇の情報屋。既注

・「深川の遊妓」岩波の長谷川氏の注に、『仲町その他に私娼がいた』とある。

・「甲府とかへ被遣」底本の鈴木氏注に、『旗本や御家人で素行の悪い者、首尾のよからぬ者は、甲府勤番を命ぜられた。これを甲府勝手といった。俗に山流しともいった。甲府城の守備に当るもので、甲府勤番支配二名の下に、勤番二百人と与力同心がいた。勤番は二百石以上五百石。ここは正式に発令されたのではなく、事前の運動が漸く間に合って甲府行きをまぬがれたわけ』とある。甲府勤番は幕府直轄領化された甲斐国に常在して甲府城の守衛や城米の管理・武具の整備や甲府町方支配を担った職で老中支配であったが、それでなくても参照したウィキの「甲府勤番」にも、『老中松平定信が主導した寛政の改革においては、不良幕臣対策として甲府勝手小普請が併設される』とか、『甲府勤番は元禄年間に増加し幕府財政を圧迫していた旗本・御家人対策として開始されているが、旗本日記などには不良旗本を懲罰的に左遷したとする「山流し」のイメージがあり、「勤番士日記」にも勤番士の不良旗本の処罰事件が散見されている』という一節を見出せる。杉原尚示氏のサイト「郷土史はなぜおもしろいのか」のこちらの頁に詳しい記載があり、それによると、甲府勤番の『勤番士は転任の道が閉ざされ終生を甲州勤務で過ごすということになっていました。そのため人選に困り、結局は過去において何らかの罪状、悪事、不届きの行跡を残した旗本達を一種の追放懲罰で甲州送りにすることになったようなのです。「甲府勤番山流し」などと言われたゆえんです』とあり、幕府の職掌でありながら、実際には懲罰人事であったことがよく分かる。この鈴木氏の『事前の運動』というのは、話からみて、上司や関係筋への鼻薬、賄賂と考えられる。

・「納受」この場合は、神仏が願いなどを聞き入れることを言う。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 賤しい妓女(ぎじょ)の深き孝心の事

 

 横田翁の菩提所の僧が、盂蘭盆(うらぼん)の節、翁が許(もと)へ来たって語ったという話。

 その住持の曰く、

「……只今、当寺の檀家、これ、その貴賤はと問われたなら、正直申すと、これ、賤しき身分の檀家衆がなかなかに多御座る。その内には遊女屋なんどまで御座るが、中には、元はこれ、かの深川の私娼であった檀家も、御座る。……」

とのことゆえ、

「……それはまた……如何なる訳の、これ、御座るか?」

と訊ねたところ、

「……これ、さるお武家の娘にて御座ったが、両親が相い次いで身罷り、兄なる男(おのこ)の御座ったれど……これがまた……はなはだ身持ちの悪しき、不埒者にて御座ってのぅ、あまりことに、かの甲府とかへ遣わさるるやも知れぬ、との内々の命(めい)が、これ、御座ったと申す。……ところが、右の通りの無頼なる者ゆえ、何とか甲府流しを猶予して貰えるよう、世話をなし呉るる者も、これ、誰(たれ)一人として御座らなんだ。しかるに、かの妹、その、家の断絶にも繋がる如き危機を歎いて……是非もなきことなれば……我が身を苦界に沈めても、その猶予のための鼻薬の費用を賄わんとて……遂に……深川の私娼に身を売りて……兄を甲府流しから救うべき金子を、これ、用立てて御座ったと申す。……

……その両親の追善、これ、催さんとする親族とても御座らなんだが、かの妓女よりは、寺への月々の附け届けは勿論、年忌年忌の法事のことなどに就きても、滞りのぅこれ、依頼の御座っての。さればこそ、懇ろに供養致いて参って御座った。さても今年はやはり、年忌法要の年で御座ったによって、何時もの通り、執り行のうたれど、この度は、兄なる男(おのこ)も――これ、心を入れ替えたものか、または、妹方(いもうとがた)より年忌法要の儀、執り行のうにつき、これを誘う知らせでも遣わして御座ったものか――初めて、兄と妹ともに、両親が仏前へ参って御座った。……

……その孝心(こうしん)ゆえ、これ、天のこの娘子(むすめご)の誠心に感じたものか、近頃、かの娘、これ、相応の町人に身請けされて、今は苦界(くがい)の勤めから解き放たれ、幸せに暮らして御座るとのことで御座った。……」

と、その僧の語って御座ったとのこと。

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