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2015/02/11

耳嚢 巻之九 守儉の人心懸の事 但右には評論の事

 守儉の人心懸の事 但右には評論の事

 

 或御旗本の健士(けんし)、小身にて御番を勤(つとめ)しが、常々儉約を守り聊(いささか)の費(つひへ)をも省(はぶき)て、外見にはりんしよく抔と誹(そし)りしものもありしが、身まかりし後、其跡相續の忰、貯(たくはへ)のある事もしらず、居間の床下を掘(ほり)しに、金三百兩を得て目出度(めでたく)跡(あと)榮へけるとなり。

[やぶちゃん注:以下は、底本では全体が二字下げ。]

附(つけたり) 或人此噺を聞(きき)て、右の通(とほり)貯置(たくはけおき)て子孫の用をなさん爲ならば、其子にはかたり置(おく)べき事なり。若(もし)掘出(ほりいだ)さず、國賓土中(こくはうどちう)の腐物(ふぶつ)とならんは、守錢の翁にやあらんと云(いひ)しが、又或人の云(いへ)るは、何(いづ)れ其子には末期(まつご)に語りやせん、左もあらずば、猥(みだ)りに床下を掘(ほる)べき謂れなし、其子の貯(たくはへ)ある事をしらず㒵(がほ)に掘出(ほりいだし)て、始(はじめ)て知りたるといふも、是又謂(いはれ)有(ある)べき事なりといひし。實(げに)さる事あるべし。猥りに誹るべき事は愼(つつしむ)べしと云々。

□やぶちゃん注

○前項連関:なし。

・「儉」倹約。

・「健士」既注であるが、再度、掲げる。本来は「こんし」と読み、平安時代に陸奥国の辺境を警備した兵士を指す。勲位を持ち、武芸に長じた者から選ばれ、租庸調が免ぜられて食料も支給された。ここは遠くそれに因んだ治安部隊(ここは「御番」で番士、江戸城の宿衛・諸所の警衛に勤番した士)の兵士に対する敬称であろう。

・「或人此噺を聞て」底本の鈴木氏注に、『三村翁曰く「予が受読の師石川良山先生は、神田の松富町にて小学校を開かれゐたりしに、其向に老たる夫婦ものありしが、其老夫歿して後、妻なる者、毎夜毎夜老犬来りて、天井の片隅を睨むと夢むる由、先生に語りしかば、それはよく世間にいふ事にて、天井に金でも隠されてあるべしと、戯れとなくいひしが、其天井裏に果して若干の金ありし由、長山先生決して偽いふ人に非ず、記して奇聞を伝ふ。」』とある(踊り字「〱」を正字に代えた)。本注に相応しいかどうかを云々する輩もあろうが、こういう注こそ、私の考える、あるべき/楽しき/真に智の「ためになる」注であると断言しておきたい。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 倹約をこととする御仁の後代への心掛けの事――但し、それに就きてはこれ、議論の御座った事

 

 とある御旗本の健士(けんし)、小身の者にて、永く御番を勤めて御座ったが、常々より倹約を旨とし、固くこれを守って、少しばかりの費えに対しても、実に細かく吟味節約し、一文の無駄も省くという徹底振りで御座ったが、蔭にては、この御仁、所謂――吝嗇(りんしょく)――なんどと誹(そし)られもして御座った。

 この御仁、身罷られて後のことである。

 その跡目を相続せんとした倅が、かの男に秘密の貯えのあることも全く以って知らぬままに、たまたま必要のあって屋敷の居間の床下を掘ってみたところが――金三百両――そこより出でて、これを得、めでたく跡目(あとめ)を嗣ぎ、今に栄えておらるるとのことで御座る。

 

○根岸附記

 ある人は、この話を聴き、

「……かくも右の通り、この御仁が生前、吝嗇(けち)の誹りをも甘んじて受けつつ、しかも、かくも貯え置いたとして。……それをまた、その子孫の用に役立てんとも思うておったとするならばじゃ。……その子には、これしっかと語りおいておくのが道理であろう?……もし、これ、掘り出されず、本邦の「お国の宝」、いやさ、土中の腐され物となり果ててしもうたとならば、この御仁――救い難き守銭(しゅせん)の翁(おきな)――に過ぎにのではないか?……」

と申されたが、しかしまた、とある御仁は、

「……孰れ、これ、その倅なる子には、末期(まつご)にて語ったに相違御座るまい。……そうでなくては、これ、濫りに己(おの)が屋敷居間の床下なんぞを掘るという謂われ、これ、あろうはずもない。……これはその倅なる者が、貯えのあることを知らざる風をなしたまま、これを掘り出だし、――『さても始めて、かくなる大金の貯えを、これ、わが家(いえ)の後代のために、成しておられたことを知り申した!』――と、父を『吝嗇爺』と誹っておったる世間に、これ、暗に示して御座ったのだとしても……拙者には、その倅殿の相応の仕儀として、これ、納得出来ることでは御座る。……」

と申された。

 いや、まさに、この後者の御仁の言葉通りでは、これ、御座るまいか?

 濫りに人を誹ると申すは、これ、何時の世にても慎むべきことにては御座るまいか?……

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