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2015/03/17

耳嚢 巻之十 蛙かはづを吞候事

 蛙かはづを吞候事

 

 文化九年初秋、予が許へ來る小野某語りしは、所用ありて千住までまかりしに、大橋にてはあらず、餘程手前なる小嶋の脇、下水の邊、草むら動(うごき)ける故、蛇の蛙を吞(のむ)事やと立寄り見しに、蛇にはあらず、背に嶋の二寸斗(ばかり)もある蛙、ちいさき赤蛙を吞(のむ)に有(あり)し。眼前見たりと語りぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:動物奇譚で連関。因みに、ここに書かれてあるように事実、蛙は共食いをする。私も小さな頃に実際に見たことがあった。ウィキの「共食い」の「成長段階に見られるもの」にも、『よくあるのがサイズ構造化された共食いである。すなわち大きな個体が小さな同種を食べるのである。このような場合の共食いは全体の死亡率の8%(ベルディングジリス)から95%(トンボの幼虫)になるため、個体数へ大きな影響を与える要素となる。このサイズ構造化された共食いは野生の状態ではさまざまな分類群でみられる。それにはタコ、コウモリ、カエル、魚類、オオトカゲ、サンショウウオ、ワニ、クモ、甲殻類、鳥類(フクロウ)、哺乳類、そしてトンボ、ゲンゴロウ、マツモムシ、アメンボ、コクヌストモドキ、トビケラといった多数の昆虫が含まれる』(下線やぶちゃん)。因みに「ベルディングジリス」はアメリカ合衆国西部の山間部に棲息する齧歯(ネズミ)目リス科ジリス(地栗鼠)属ベルディングジリス Spermophilus beldingi のこと、「コクヌストモドキ」は穀物害虫として知られる鞘翅(コウチュウ)目ゴミムシダマシ科コクヌストモドキ Tribolium castaneum のことである。……しかし、もっと驚くべきことは……まだまだ、ある。……

・「文化九年初秋」「卷之十」の記載の推定下限は文化一一(一八一四)年六月であるから、二年前。

・「大橋」現在の隅田川に架橋されて日光街道を通す千住大橋の前身。現在のものは右岸が足立区千住橋戸町、左岸が荒川区南千住六丁目であるが、旧千住大橋はウィキの「千住大橋」によれば、『最初に千住大橋が架橋されたのは、徳川家康が江戸に入府して間もない』文禄三(一五九四)年十一月『のことで、隅田川最初の橋である。当初の橋は現在より上流』二百メートル『ほどのところで、当時』「渡裸川(とらがわ)の渡し(戸田の渡し)」『とよばれる渡船場があり、古い街道筋にあたった場所と推測される』とある。因みに、この「渡裸川(或いは渡裸)の渡し」については、ウィキの「隅田川の渡し」に、『古くは裸になって徒歩で渡っていたという記録から「渡裸(とら)川の渡し」と呼ばれるようになったと伝わる。後に「とら」という音から「とだ」となり「戸田の渡し」とも称された。現在の千住大橋のやや上流にあたり、奥州への古道が通っていた場所である。千住大橋架橋に伴い、江戸初期に廃されたという』とある。

・「餘程手前なる小嶋の脇」千住大橋の下流は隅田川が西大きく蛇行しているから、砂洲が出来やすかったと考えられる。旧千住大橋からこの蛇行部に南千住八丁目附近は孰れも、一キロメートル以上あり、「餘程手前なる」という表現にしっくりくる。但し、岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『小橋』とある。前の「千住大橋」や、以下の「下水」というところからは、小橋の方がしっくりくるし、中州では覗き見することが困難でロケーションとしても変な感じがする。しかし問題は、隅田川の千住大橋より下流の隅田川には、ずうっと下流の浅草の吾妻橋(旧名大川橋・安永三(一七七四)年架橋)まで、当時は橋はなかったものと考えられる点である(勿論、この「小橋」が吾妻橋(大川橋)である可能性は話柄からあり得ない)。とすると、「小橋」というのは、隅田川に流れ込む「下水」(恐らくは左岸の)に架かっていた、市井の路地に架橋されてあった粗末な橋を意味しているのではあるまいか? 但し、訳は本文に合わせて訳した。

・「嶋の二寸斗もある蛙」「嶋」は縞模様でその模様が「二寸」六センチメートル程もある大きな蛙、ということである。無尾(カエル)目カエル亜目アカガエル科アカガエル亜科アカガエル属トウキョウダルマガエルRana porosa porosato と思われるウィキの「ダルマガエル」によれば、トウキョウダルマガエルは体長が♂で三・九~七・五センチメートル、♀で四・三~八・七センチメートルでダルマガエルRana porosa (Cope, 1868) 中の最大亜種である。『日本(仙台平野から関東平野にかけて、長野県、新潟県)固有亜種。北海道の一部(岩見沢市)に移入分布』するとある。『皮膚の表面には隆起が少なく比較的滑らか。吻端は尖る。体色は背面が褐色や淡褐色、紫がかった褐色などで赤褐色の背側線と暗色の円形の斑紋が入るが、円形の斑紋は繋がらない個体が多い。腹面は白く、網目状の斑紋が入る』。『後肢は短く、静止時に趾が鼓膜に達しない。和名は体形が太く後肢が短い形態をダルマに例えたのが由来』し、トウキョウダルマガエルは『正中線上に筋模様が入る個体が多』いとある。そして「生態」の項に、『低地にある流れの緩やかな河川や池沼、湿原、水田などに生息する。半水棲で、水辺から離れることはまれ。トノサマガエルと同所分布するものは生息地や繁殖期が重複しないよう住み分けをしている。冬季になると水の干上がった水田の泥中や藁の下などに潜り冬眠する』。『食性は動物食で、昆虫類やクモ、多足類、貝類、小型のカエルなどを食べる。幼生は雑食で落ち葉や水草などを食べる』と記されてあるからドンピシャである(下線やぶちゃん)。しかもなお、私は無批判に当時日本には巨大なナミガエル亜目アカガエル科アカガエル亜科アカガエル属 Aquarana 亜属ウシガエル Rana catesbeiana はいなかったから(ちょっとトリビア脱線すると、ウシガエルは大正七(一九一八)年に、当時の東京帝国大学動物学教室教授渡瀬庄三郎が食用としてアメリカ合衆国ルイジアナ州ニューオリンズから十数匹を導入した。因みに、その最大の養殖場は、今、私の住む大船で、そのウシガエル養殖用の餌として同時に輸入されたのが、私が小さな頃に盛んに獲ったアメリカザリガニであったが、それがまた、大雨で養殖場から流れ出てしまい、日本各地へ分布を広げてしまったのであった。この渡瀬は沖縄島へのマングース移入でも知られ、人為的に外来種移入を指導し、結果、本邦の生態系に大きな変容を齎してしまった動物学者でもあることは記憶しておいてよい。因みに貪欲なウシガエルもしっかり自分より小さな個体をしっかり共食いしてしまう)、これはトノサマガエルだろうと勝手に思い込んでいた。ところが、いざ、この注を書くために調べて見たところが……今日の今日まで私は知らなかったのだが、何と! アカガエル亜科トノサマガエル属トノサマガエル Pelophylax nigromaculatus は関東には自然分布しないのだという! ウィキの「トノサマガエル」によれば、一九三〇年代までは、『日本全国にトノサマガエルが分布していると考えられていた』一九四一年に、『西日本の一部の個体群がトノサマガエルではないことがわかり(ダルマ種族と呼ばれた)、さらにその後、関東平野から仙台平野にかけて分布しているカエルもトノサマガエルではないまた別のカエル(関東中間種族と呼ばれた)であることが判明した。これらの互いによく似た「トノサマガエル種群」とされたカエルたちは、同所的に分布する地域では交雑個体が発見されるほど近縁であり、分布が重ならない場合でも交雑実験を行うとある程度の妊性が認められた。このため同種なのか別種なのか分類が混乱し』、一九六〇年代には、『関東中間種族は、トノサマ種族とダルマ種族の雑種であると考えられていた』。ところが、一九九〇年代になって、『分子生物学的手法などを用いた研究が行われるようになった結果、雑種起源説は否定されつつある。今世紀に入ってからも、どの分類群に名前を与えるべきか、などの点で若干の混乱が残っている』とある! うひゃあ! これこそ、「ゲロゲェロ!」だぜ!

・「赤蛙」アカガエル科アカガエル亜科アカガエル属ニホンアカガエル Rana japonica であろう。形態的にも生態的にもよく似ているアカガエル亜属ヤマアカガエル Rana ornativentris は山間部に生息する(ヤマアカガエルはニホンアカガエルよりもさらに背側線が真っ直ぐである)。ウィキの「ニホンアカガエル」には、但し書きで、『近年の水田周辺の環境変化により、カエル類の生息数が減少している。本種はその生息環境がその区域に強く重なるため、その影響を非常に強く受けるのに対して、山間部のヤマアカガエルは比較的その影響を受けない。そのため、本種が数を減らしており、ヤマアカガエルばかりが見られる傾向がある』とあるが、これは二百年近くも前の記載であるから、目撃場所からもニホンアカガエル Rana japonica ととって問題あるまい。序でに言えば、先のウィキの「共食い」の『大きな個体が小さな同種を食べる』という記載が狭義に於いても美事にマッチする(属レベルならば同種という謂いに齟齬が生じないと言ってよい)点にも着目されたい!

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 蛙が小さな蛙を吞んで御座った事

 

 文化九年初秋、私の許へ来たった小野某(ぼう)の語ったこと。

「……所用の御座って千住まで参りましたが――いえ、かの千住大橋ではなく、あそこより、これ、かなり手前にある川岸の、ごく近い中州の、その脇の辺り――そこへ下水の流れ込む辺りにて、叢(くさむら)がやけにざわついて御座ったゆえ、蛇が蛙を吞みこもうとでもしておるのかと、近くへ寄って行き、そこを覗いて見ましたところが――これ――蛇にてはあらず――背に二寸ばかりも縞模様のある蛙が――小さき赤蛙を――吞みこもうとしておる……ので御座った。……いや、目の当たりに蛙が蛙を共食いするのを見、全くもって、驚き申した。……」

との話にて御座った。

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