耳嚢 巻之十 大蛇巖石に打れし事
大蛇巖石に打れし事
文化十酉年、日光山御修復にて、御勘定方抔大勢參り居(をり)しが、御勘定御吟味役の支配より申越(まうしこそ)候由にて、岸氏咄しに、日光霧降(きりふり)にて、〔右霧降といふは大瀧有(あり)て中段の石に當り霧に成る〕世にうはゞみといへる餘程の蛇、其巣を出るとて上より大石落ちて頭を微塵に打(うた)れ、右蛇頭を出し候處へ巖石落懸(おちかか)り其(その)死をなす事、天誅か天災か、いづれかゝる事も、蛇にかぎらずあるべき事也と、何れも歎息の思ひを語り合(あひ)し也。
□やぶちゃん注
○前項連関:なし。因みに、根岸は安永五(一七七六)年から天明四(一七八四)年の勘定吟味役在任時、日光東照宮の修復のために現地に在住したことがあるから、この霧降の瀧は現認しているはずである。
・「文化十酉年」西暦一八一三年。「卷之十」の記載の推定下限は文化十一年六月。
・「岸氏」諸本注なく、不詳。
・「霧降」霧降の滝。栃木県日光市の利根川水系の板穴川の支流霧降川にある滝。上下二段に分れており、上滝は二十五メートル、下滝は二十六メートルで、全長は七十五メートル、頂上部の幅は約三メートルであるが、下部では約十五メートルにも広がっている。途中が岸壁に当たって段になっており、飛び散る水飛沫(しぶ)きが霧のかかったように煙って見えることが名の由来とされる。華厳滝・裏見滝とともに日光三名瀑の一つ(以上はウィキの「霧降の滝」に拠った)。
・「うわばみ」巨大な蛇の俗称。大蛇。おろち。うわばみは、十五世紀頃からその使用が見られ、古代語の「をろち(おろち)」に代わって用いられるようになったと思われる語である。うわばみの「うわ」は「上回る」「上手」などと同様の「うわ」とする説と、「大(おほ・うは)」が転じたとする説があり、「ばみ(はみ)」は、食物を食べたり噛んだりする意の「食(は)む」の連用形から転じたとする説、蛇の古形「へみ」から転じたとする説、マムシを指す古語である「はみ」から転じたとする説などあるが、ヘビの古形「へみ」やマムシの古語「はみ」の語源が「食む」なので、どれが正しいというわけではなく、同源と考えるべきであろう、とネット上の「語源由来辞典」の同項にある。
■やぶちゃん現代語訳
大蛇が大岩石に打ち潰された事
文化十年酉年のこと、日光山東照宮御修復のあって、御勘定方(おかんじょうかた)などが大勢参って御座ったが、御勘定御吟味役の支配方(がた)よりある報告の御座った由にて、それを受けた岸氏の話によれば、
「日光は霧降(きりふり)に於いて――この「霧降」と申すところには大瀧の御座って、中段の石に瀧水の当たってそれが霧となるところから、かく申すとのこと――世に「蟒蛇(うわばみ)」と称するようなよほどの大蛇が、その瀧の直近に巣を作って御座った。ところが、近頃のこと、この蟒蛇が巣を出でたちょうどその瞬間、上より大石の落ちて、その頭をこなごなにうち砕き、その蛇が頭を出だいた巣の入り口の場所へも巨石の激しく落ち懸り、蛇体、これ、完全にぺしゃんこに相い成って、かの蟒蛇、死に絶えた、とのことで御座った。……さてもこれは――天誅で御座るか――はたまた、ただ偶然のなす天災で御座ったものか――孰れこれ、こうした摩訶不思議なること、邪悪なる蛇に限らず、あるべきことなのでは、これ、御座いましょう。……」
と、孰れの方々も、これを聴き、歎息の思いをなしてしみじみ語り合(お)うて御座った。

