耳嚢 巻之十 蚊の呪の事
蚊の呪の事
五月節句に棗(なつめ)を焚(たき)候得ば、蚊不出(いでざる)事奇妙の由。或人之を傳授なして焚しに、軒端にむれても其家へ不入(いらざる)由。去年焚しが、今年は蚊甚だ少き事奇々妙々なりと、人の語りける也。
□やぶちゃん注
○前項連関:なし。生活小百科的呪(まじな)いシリーズ。注意したいのは実際に燻すのではなく、五月五日の端午の節句に焚くことで時には二年(ふたとせ)分の夏の蚊を忌避させる効果があるというのである。
・「五月節句」端午の節句は新暦の五月二十七日頃から六月二十五日頃に相当する。
・「棗」クロウメモドキ目クロウメモドキ科ナツメ
Ziziphus jujuba 。乾燥させた実ならそう記載するように思われるから、これは木の柄葉を焚くか? 因みに、漢方では「大棗(たいそう)」、種子は「酸棗仁(さんそうにん)」と称する生薬で、強壮・鎮静作用があるとされるが、蚊の忌避効果についてはネット検索には掛からない。
■やぶちゃん現代語訳
蚊の呪(まじな)いの事
五月の節句に棗(なつめ)を焚くと、その年の夏はこれ、蚊が家屋の内には出でずなること、これ、奇々妙々の由。
ある人、これを人から伝授されたによって、去年の端午の節句の当日、棗を焙烙(ほうろく)に載せて家内の各所にてぼんぼんと焚いたところが、その夏はこれ、軒端に蚊の群るることはあっても、決して家の内部にへは不思議に入ってこなんだ、とのこと。
――しかも!……
「……それは去年のことで御座っての。……今年はこれ、焚き忘れて御座った。……されど……それでも今年も、蚊、これ、明らかに少のぅ御座る。……これ、まっこと、奇々妙々で御座ろう!?」
と、その御仁の語って御座った。