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2015/03/25

耳嚢 巻之十 眞那板一種の事

  眞那板一種の事

 

 或人云(いはく)、此程眞那板(まないた)の由にて如圖(ずのごとき)品を見たり。甲州にては、專ら此(この)眞那板を用(もちゐ)る由。魚肉其外常の通(とほり)料理し、精進の日は打(うち)かへし用る由。其理(ことわり)有(あり)て面白きゆゑ、爰に記す。

 

Manaita

 

□やぶちゃん注

○前項連関:食材から厨房具で連関。生臭さものの血の穢れもさることながら、プラグマティクに、生臭さが菜料などに移らぬようにすること、さらに現代的に考えれば、海産の魚介類に多く付着している腸炎ビブリオ(プロテオバクテリア門 Proteobacteria γ(ガンマ)プロテオバクテリア綱ビブリオ目ビブリオ科ビブリオ属腸炎ビブリオ Vibrio parahaemolyticus 。中には耐熱性溶血毒を含む一群がおり、想像以上に厄介である)による食中毒の危険性を考えれば、至極、効用のある仕儀である。特に足を附けることで裏面への浸潤をある程度は抑止出来る構造にもなっているように思われる。なお、極めて類似した俎板の図とその解説が、山東京伝(宝暦一一(一七六一)年~文化一三(一八一六)年)の考証随筆「骨董集」(文化一二(一八一五)年板行)の「中之卷」の十章目「魚板(まないた)の古製(こせい)」に載るので、以下に示す。底本は吉川弘文館「日本随筆大成 第一期第十五巻」を用いたが、恣意的に正字化した。読みは一部のみ採用した。

   *

   魚板の古製

文明時代の酒食論(しゆしょくろん)といふ畫卷(ぐわくわん)、又寛永時代の繪(ゑ)に、此魚板(まないた)見えたり。これ式正(しきしやう)のものにはあらざるべけれども、魚板の一種の古制(こせい)を見るべし。今も京都の舊家にはまれにあるよし、好事(かうず)の人、文臺(ぶんだい)などにしてもたるもありとぞ。又甲州(かうしう)の民家には、今もこれを用るよし、表にて魚類(ぎよるい)を切(きり)、裏にて菜類(さいるい)を切る便利よきものとぞ聞(きゝ)ける。

 

Kottousyuu_manaita

 

■やぶちゃん「骨董集」キャプション注

●「洞齋所藏」狩野派の画家菅原洞斎(宝暦一二(一七六二)年~文政四(一八二一)年)であろう。江戸生まれ。仙台侯に仕え、鑑定家としても知られる。谷文晁の妹婿でもある。

●「曲尺(カネザシ)」現在の尺と同じ。一尺は三十・三センチメートル。鯨尺(布地の長さを測るのに使われていたもの)の八寸に相当。

●「七寸三分」二十二・一センチメートル。

●「足一寸二分四方」方形の足の平面一辺の長さ三・六センチメートル。

●「二尺六分」六十二・四センチメートル。

●「足高サ三寸」四隅の角材の全長約九・一センチメートル。

●「アツサ 六分」中央の俎板本体の厚さ約二センチ八ミリ。

   *

 因みにこの「酒食論」とは、恐らく「酒飯論絵巻」のことであろう。十六世紀に制作されたと言われる日本の絵巻で、酒好きの男と下戸で御飯好きの男、両方適度に嗜む男の三人がそれぞれの持論を展開するという構成で描かれた絵巻物で、全長十四・六メートル、内容は調理から配膳・飲食の様子が詳細に描かれてあって、当時の食文化を知る貴重な資料となっているという。サイズは縦が三十・七センチメートルで、狩野元信筆と土佐光元筆になるものがとみに知られ、その模写本や異本も多数、存在している。主人公の三人は酒好きの造酒正糟屋朝臣長持(みきのかみかすやあそんながもち)、飯好きの飯室律師好飯(いいむろりっしこうはん)、中庸派の中左衛門大夫中原仲成(ちゅうざえもんたいふなかはらなかなり)。四部構成で、第一段に三人の紹介、第二段で酒の徳、第三段で飯やその肴(さかな:おかず。)と茶の面白さ、第四段に至って、どちらもほどほどがよいと語られてあるという。長持は念仏宗、好飯は法華宗、仲成は天台宗の宗徒という設定であて、表向きは飲食について語りながらも、実は天台宗の中道観の優位性を説いている、とウィキの「酒飯論絵巻」にある(私は未見)。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

  俎板(まないた)の一種の事

 

 ある人の曰く、

「……近頃、俎板の一種の由にて、この図のようなる一品を見て御座った。……甲州にては、今も專ら、この形の俎板を用いておる由にて御座る。これ、魚肉その他の場合には常の通り、この状態で料理致し、生臭さを忌避致す精進の日は、これ、これを、ひっくり返して用いる、とのことで御座った。……」

 これを聴きながら、確かにその理(ことわり)、これ、目から鱗にて、実に面白う感じて御座ったればこそ、ここに記しおくことと致す。

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