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2015/03/09

耳嚢 巻之十 老鼬の事

 老鼬の事

 

 文化未の年七月の事の由、熊ケ谷(くまがや)在にて、屈竟(くつきやう)の男倒死(たふれじに)いたし居(をり)、又旅人體(てい)の者壹人、是又倒れ相果居(あいはてをり)候處、懷中に金銀入(いり)候鼻紙の袋抔も其儘あり、衣類ももとより紛失なければ盜賊の仕業(しわざ)とも思はれず。脇の下に聊(いささか)の疵有之(これあり)、血したゝり居(をり)候故、獸の仕業にも可有之哉(これあるべきや)、評議なしけるが、某所の者或時通りしに、犬程の獸飛付(とびつき)て喰ひ付(つき)、血をすひ候故取組(とりくみ)聲立(たて)けるゆゑ、其邊通りかゝりし者打寄(うちより)打(うち)候處、迯行(にげゆく)故追駈(おひかけ)候處、崖の間に迯入(にげいり)し故、松明(たいまつ)燈(とも)してさがしけるに、右崖の間に一洞(ひとほら)ありし故、若もの共大勢集(あつま)り、落葉枯葉等を右洞へ押込(おしこみ)、一盃に詰(つめ)候て火をかけ候處、右火の中をかき分(わけ)飛出(とびいで)る物ありしを打寄(うちより)打殺(うちころ)しけるに、大きさ犬ほどの鼬(いたち)のよし。右のもの、近頃往來等の者へ喰付(くらひつき)、血をすひしにや、其所の者も久しくなやみて、近頃快くなり候由。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:動物誌二連発で同じ文化八(一八一一)年の話としても連関。但し、内容は生物学的と言うよりは民俗学の妖怪伝承レベルの内容と私には思われる。確かにイタチは『小柄ながら、非常に凶暴な肉食獣であり、小型の齧歯類や鳥類はもとより、自分よりも大きなニワトリやウサギなども単独で捕食する』(ウィキの「イタチ」より。以下も同じ)けれども、人を襲うことはない(攻撃を仕掛けたり、手を出したりすれば別)から、これは寧ろ、本邦の妖怪変化の正体としてのそれが話柄の深層にあるように思われる。たとえば、民俗社会では広く、イタチは『キツネやタヌキと同様に化けるともいわれ、東北地方や中部地方に伝わる妖怪・入道坊主はイタチの化けたものとされているほか、大入道や小坊主に化けると』信じられ、また妖怪(或いはそれが起こすとされた怪異現象としての)「鎌鼬(かまいたち)」――旋風(つむじかぜ)に乗って現われ、鎌のような両手の爪で人に切りつけてぱっくりと割ったような傷を生じさせるが痛みはないという、あれである――もお馴染みである。近代の見世物話のオチで――「イタチ」と看板があって、鵜の目鷹の目で入って覗いて見れば、板に血糊が滴っているだけだった――という定番の話があるが、これはまさに大衆にとって鼬なるものが、文明開化の後も永くまがまがしい妖獣として認識されていたことを物語る好例と言えよう。しかし乍ら、この話の少なくとも前半の二人の横死事件のそれは、寧ろ、イタチが実際によく出没場所(後半の話も同一の場所である)でイタチの仕業と見せて、殺害した(第三者か、或いは何らかのトラブルから二人双方が、特殊な針のようなものを用いて闘争して果てたものか。そもそも二人とも土地の者ではないという記載からも、この二人自体が如何にも怪しげな連中ではないか)ケースのように思われる(ちょっと「必殺シリーズ」っぽい安易な推理で御免なさい。にしても、妖怪変化が信じられた時代には、巧妙な殺害方法を以ってすれば、そう解釈されて沙汰やみとなった事件も、これ、多かったであろうとは思うのである)。後半は実際に鼬退治が行われているから、実録を加味してあるのであろうが、これは深夜に通行していて、誤ってイタチを踏みつけたか何かし、驚いたイタチが反射的に噛みついた程度のことではなかったろうか?

・「老鼬」音読みは「らういう(ろういう)」。老いた鼬は、これ、如何にも化けそうではある。

・「鼬」食肉(ネコ)目イヌ亜目イタチ科イタチ亜科イタチ属 Mustela のイタチ類の総称。但し、ウィキの「イタチ」によれば(アラビア数字を漢数字に代えた)、『「イタチ」の語は元来、日本に広く棲息するニホンイタチ Mustela itatsi を特に指す語であり、現在も、形態や生態のよく似た近縁のチョウセンイタチ M.sibirica coreana を含みながら、この狭い意味で用いられることが多い』とある。『イタチ属 Mustela に属する動物は、日本には五種八亜種が棲息する。このうち、アメリカミンクは外来種であり、在来種に限れば四種七亜種となる』。『比較的大型のイタチ類(ニホンイタチ、コイタチ、チョウセンイタチ)に対して、高山部にしか分布しないイイズナ(キタイイズナ、ニホンイイズナ)とオコジョ(エゾオコジョ、ホンドオコジョ)はずっと小型であり、特に、ユーラシア北部から北米まで広く分布するイイズナは、最小の食肉類でもある』『四種の在来種(ニホンイタチ、チョウセンイタチ(自然分布は対馬のみ)、イイズナ、オコジョ)のうち、ニホンイタチ(亜種コイタチを含む)は日本固有種である』(但しニホンイタチとチョウセンイタチは大陸に分布するシベリアイタチの亜種とする説もある)。『また、亜種のレベルでは、本州高山部に分布するニホンイイズナとホンドオコジョが日本固有亜種であり、これにチョウセンイタチとエゾオコジョを加えた四亜種は、環境省のレッドリストでNT(準絶滅危惧)に指定されている』。『外来種問題に関わるものとしては、西日本では国内移入亜種のチョウセンイタチが在来種のニホンイタチを、北海道では国内外来種のニホンイタチと外来種のアメリカミンクが在来亜種のエゾオコジョを、一部の島嶼部ではネズミ類などの駆除のために移入されたニホンイタチが在来動物を、それぞれ圧迫している』とある。以下、ウィキに載る在来種四種七亜種の記載を参考にして示す。

 

・ニホンイタチ(イタチ) Mustela itatsi

分布は北海道・本州・四国・九州・南西諸島で日本固有種(シベリアイタチ Mustela sibiricaの亜種ともされ、北海道や南西諸島などの分布は国内外来種になる)。西日本では以下のチョウセンイタチに圧迫され、棲息域を山間部に限られつつある一方で、移入先の三宅島などでは、在来動物を圧迫している。

・ニホンイタチ Mustela itatsi 亜種コイタチ Mustela itatsi sho

上記の内の屋久島・種子島個体群。

・シベリアイタチ Mustela sibirica 亜種チョウセンイタチMustela sibirica coreana

分布は本州西部・四国・九州・対馬(対馬には自然分布、それ以外では外来種)。ニホンイタチより大型で西日本から分布を広げつつあり、ニホンイタチを圧迫している可能性がある。

・イイズナ Mustela nivalis 亜種キタイイズナ(コエゾイタチ)Mustela nivalis nivalis

本邦では北海道に分布し、大陸に分布するものと同じ。

・イイズナ Mustela nivalis 亜種ニホンイイズナ Mustela nivalis namiyei

青森県・岩手県・山形県(?)に分布する日本固有亜種。キタイイズナより小型であり、日本最小の食肉類。

・オコジョ Mustela ermine 亜種エゾオコジョ(エゾイタチ)Mustela ermine orientalis

本邦では北海道に分布。日本以外では千島・サハリン・ロシア沿海地域に分布する。平地では国内外来種のニホンイタチ、外来種のミンクの圧迫により姿を消した。

・オコジョ Mustela ermine 亜種ホンドオコジョ(ヤマイタチ)Mustela ermine nippon

本州中部地方以北に分布する日本固有亜種。

 

 なお、外来種であるアメリカミンク(ミンク)Mustela vison は、北米原産の外来種で毛皮のために飼育されていたものが、一九六〇年代から北海道内で野生化したもので平地でエゾオコジョ・ニホンイタチを圧迫し、養魚場等にも被害があるとあるが、私は三十数年前、北海道のこの飼育場を見学したが、見た目は可愛いが、恐ろしく攻撃的で、案内人に指を出すと食い千切られますよ、と言われたのを思い出す。確かによく見ると凶暴な面構えであった。

・「文化未」文化八(一八一一)年辛未(かのとひつじ)。「卷之十」の記載の推定下限は文化一一年六月。

・「熊ケ谷」中山道の宿場熊谷宿附近。現在の埼玉県北部の熊谷市。江戸時代は忍(おし)藩領や幕府領・旗本領が複雑に入り組んでいた。

・「鼻紙の袋」財布。

・「一盃」底本では右に『(杯)』と訂正注がある。

・「右のもの、近頃往來等の者へ喰付、血をすひしにや、其所の者も久しくなやみて、近頃快くなり候由」この最後の一文、これ、如何にも圧縮し過ぎていて、訳し難かったによって、少し翻案を仕組んである。悪しからず。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 老いたる鼬(いたち)の事

 

 文化未(ひつじ)の年、七月のことの由。

 熊谷(くまがや)の在にて、屈強の男が一人、野路(のじ)に横死(おうし)致いており、また、その傍らにも、旅人風の者が一人、これまた、斃(たお)れて息絶えて御座った。

 役人が懐中を改めたところ、金銀の入った財布などもそのままにてあり、衣類も、これといって不審なところもなければ、盜賊・追剥の仕業(しわざ)とも思われず、検死を致いたところが、これ、脇の下に僅かな傷痕(きずあと)のあって、そこから夥しゅう血の滴った跡が見つかった。

 されば、

「……これは……何かの獣の、仕業ででもあろうかのぅ?……」

などと、頻りに評議致いて御座ったが、結局、分からず仕舞いとなって御座った。……

 ところがその後(のち)、さる所の者、ある折り、この同じき場所を夜中に通ったところが、犬ほどの獣のようなるものが、これ、飛びかかって参り、喰いつかれ、何やらん、

――ちゅうちゅう――ちゅうちゅう――

と音の致せばこそ、

『これ、血を吸うとる!』

と思うたによって、この化け物を両腕で摑み、それと取っ組み合い、

「――助けてくれエエッツ!!!」

と大声で呼ばわった。

 されば、その近くを通りがかった者、これ、走り寄ると、道っ端に落ちておった棒切れを以って、その妖しきものをぶっ叩いたと申す。

 すると、そ奴は、素早く襲った者から離れ、逃げ参った。

 されば、その逃げたと思しい方を、二人して追い駈け追い駈け致いたところが、崖の間に逃げ込んだを見届けた。

 さればこそ、二人して、その近在の農家に訳を語って助力を頼み、松明(たいまつ)を燈(とも)して、その崖辺りをつぶさに探してみたところ、かの崖の間に、これ、一つの大きなる洞(ほら)のあるを、見出した。

 その頃には、農家から知らせを受けた、辺りの百姓の若者らが、これ、大勢集まって御座ったによって、

「燻り出してみようぞッ!!」

と衆議決し、落葉や枯葉なんどを、これ、山のように、その一抱えほどもあろうかという円(まあ)るき洞(ほら)の中へどんどん押し込み、これ以上は入らぬというほど、ぎゅう詰め一杯に致いた。

 さてもそれより、これに火をかけ、まんじりともせず、見守って御座ったところが……その火の中を……掻き分け!――何かが――これ! 飛び出でた!

それを、皆して寄って集(たか)って、手に手に持ったる心張棒で打ち殺したところ……これ……大きさ……犬ほどもあろうかという

――鼬(いたち)

で御座った、と申す。

 この老いたる妖鼬(ようゆう)の化け物、近頃、ここいらを往来致す者へ喰らいつき、その血を吸い殺しておったものか。

 何でも、その辺りの在所の者の一人は、この物の怪に魅入られたものか、これ久しゅう、血の気の失せる妖しいぶらぶら病いに悩まされて御座ったと申すが、この鼬を退治致いて後、近頃になってやっと、これ正気に戻って、本復致いたとのことで御座った。

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